63話 ヴェーネ
今から五年前、霧が立ち込める森の中、今日のねぐらを探して歩いていた。
当て所なくしばらく探していると、一つの洞窟を見つける。
「あそこでいいか」
小動物がここには近寄ろうとしていない。
……恐らくは肉食の魔物の棲家。
多少なりとも危険はあるが、今から他の寝床を探すことと天秤にかけると俺の足はまっすぐ洞窟へと進んでいった。
中に入ると少しばかり獣の臭いが漂ってくる。
最近移動してきたのだろうが……。
「……襲ってはこないな」
洞窟内にいた魔物の気配が遠ざかっていることに気がついた。
魔物は恐らく一匹。
俺が洞窟内に入ると奥へ奥へと逃げていく。
伝わらぬと知りながらも、洞窟の奥へと言葉を投げかけた。
「明日には出て行く。それまで我慢してくれ」
意識の糸は完全には断ち切らず、眠りに入る。
奥にいる魔獣がこちらに近づいてきたら、襲われる前に気がつけるように……これは村に泊まっていようが変わらない。
旅に出てから二年間で身につけた生きる術だった。
浅い眠りで休むこと数時間。
突然洞窟の出口に気配が増える。
「おや? こんなところで奇遇だね」
外套を跳ね除けて洞窟の奥に飛び退る。
手には聖剣を持ち最大限の警戒を送るが……。
「僕に敵対する意志はない。仮に君がその気なら数秒後に首をはねられている自信があるよ」
敵対の意思はないと告げる緑髪の女は、持っている小剣をこちらに投げ渡すと、両手を後ろに回した。
女は古びた外套を地面に下ろすと座り込む。
そして中空から一本の瓶を取り出すとこちらに差し出した。
「ルクサルム地方のワインだ。あまり寝かせてはいないが中々美味いよ」
「……施しは受けん」
瓶を軽く払うと、女は唇を尖らせてコルクを開ける。
そして瓶に口をつけると、水を飲むかの如く豪快に飲み干した。
令嬢のような見た目からは違和感を覚えるが、無理矢理やっている感じはない。
これがこの女の素なのだろう。
女は乱雑に口を拭うと、自己紹介を始めた。
「あ〜美味しい! ここであったのは何かの縁だ。私の名前はヴェーネ。考古学者をやっている」
「俺はお前に名前を教えるつもりはない。好きに呼べ」
「ん? そうなんだ。ならこれから君をこう呼ぼうかな、勇者って……」
その言葉を聞いた瞬間、女の首に大剣を振るう。
女は避ける素振りを見せず、こちらにウインクをする始末。
「……何故避けない」
「簡単なことさ。どんなに頑張っても君の攻撃を避け切ることは出来ないからだよ」
ぴたりと薄皮一枚の位置で止まった大剣に、女は動揺することなく答える。
なんとも不思議な変人。
ヴェーネの第一印象はそれだった。
数話だけ過去編に入ります




