59話 魔王の肉
紬が絶句している隣で理紗はどこか緊張した様子で聞いてくる。
「もしかしてあなた、私の体を持っていたってことは……」
「魔王の体は全て回収した。大事なものだからな」
「そう……大事な……」
俯く理紗。どうやら理紗もこいつが気になっているらしい。
「そんなに理紗もこの肉の味が知りたいのか? 調理器具さえあれば一緒に食べてみよう」
顔を上げた理紗は底冷えするほどに冷たい表情で俺を見つめる。
「……大丈夫。勘違いした私が馬鹿だったから。それよりなんでそんなものをわざわざ持ってたの?」
「腐らせるのも勿体無いしな。これならかなり魔素が溜まってると思うんだ」
「そりゃ溜まってるでしょうね。だけどこんな強力な魔素がこもっている肉を調理出来るようになるような魔道具あるわけないでしょ」
「……僕もそう思うかな? 多分それ僕たちの魔力量よりも多いだろうし、そんなの食べたら逆に体壊しそう」
呆れたように説明する理紗に紬も同意する。
だが俺には秘策があった。
「魔物の肉は他のやつもあるんだ。まずは弱めの肉で体を鍛えていって、最後に魔王の肉をみんなで食べる。これならどうにかなりそうだろ?」
「だから魔王の肉を調理出来るような魔道具が……まさかそういうこと?」
理紗が俺の意図に気がついたようだ。
たまらず紬が声を上げる。
「何が分かったの? 仲間外れにしないでよ!」
「私が魔法で焼けるようになればダンジョンで魔道具を探す必要も無くなる……。でも駄目よ。あれは私。あんなの食べたら共食いになるじゃない」
「あれ? でもこの前魔王じゃなく、北条理紗として接してくれって……」
「それは言葉のあやよ。前世の記憶がある以上、自分の体を食べるようで気持ち悪いの」
「……僕は食べてみたいな」
「紬! 裏切るつもり?」
「裏切る気はないけど、魔王を食べる機会なんて一生に一度しかなさそうだし……どんな味がするのかな?」
それは俺も気になったが、エアリアルでは魔王の肉を焼けるほどの火力を持つ魔道具も、友好的な魔法使いの知り合いもいなかった。
流石に生で食べるのは美味しくなさそうだったし、どうせなら調理をして食べることが供養になると考え、丸々亜空間の中で眠っている。
確かに魔王を焼ける魔道具を探すとなると時間がかかるかもしれないが、魔法使いがいるとなれば話は別。
いくら魔王の体といっても、今はただの死骸だ。
生前の体と比べると格段に弱体化はしているだろう。
仮にも理紗は元魔王。
魔力さえ規定値に達することが出来たら、魔王の亡骸を調理することも不可能ではない。
だが理紗は頑なに魔王の体を食べることを拒否している。
「どうしても嫌なのか?」
「大量の魔素がこもっている肉はこの世のものとは思えないほど絶品らしいよ」
「無理よ! それだけは無理! 他の魔物の肉なら頑張って食べるから! 自分の体だけは勘弁して」
……そんなに嫌なのか。
無理強いするわけにもいかないし、この肉が焼けるようになるのはまだ先の話だ。
それまでに心変わりをすることを祈っておくとしよう。
それならば、と魔王の肉を亜空間の中に戻すと、理紗はどこかホッとしたような表情を見せる。
そして代わりに取り出した魔物の肉を見て二人が目を見開いた。
「こいつなら今の理紗でも焼けるんじゃないか? 確か炎系の魔法に弱いと聞いたことがある」
魔物の肉を掲げて見せると紬が勢いよく顔を逸らす。
「……僕はお腹いっぱいだからりっちゃんにあげる」
「ちょっと! 裏切り者! それよりなんであんた芋虫型の魔物なんて保管してんのよ!」
「……後で食おうかなって」
「お願いだからそれ以外にして!」
理紗の心からの叫びが響き渡った。
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