55話 夢
ギルドの一室は信じられないほど快適な部屋だった。
中に設置されてある道具で室温が一定に保たれ、ものを冷やせる魔道具のようなものも置かれてある。
隣人の騒音も聞こえないし、ネズミの姿も見当たらない。
「これは無料のうちに次の部屋を探した方がいいかもしれんな……」
こんな部屋を借りるのに賃料がいくらかかるのだろうか?
少なくとも、金の少ないうちは住むべきではない。
せめてガントレットや土人形の買い手が現れるまでは浪費は控えないと……。
置き時計を確認すると夕方頃。
冷蔵庫からたらこパスタと呼ばれるものを取り出して食べた。
これまた絶品。
差し出したまずい食糧を代価にしてこんなに美味しい食べ物がもらえるとは……。
野菜やハムは紬に言われた通り細かく包丁で切り、パンの上に乗せる。そして黄色い怪しげな液体を絞り出してかぶりつく。
……衝撃を受けた。
こんなに簡単に作った料理がここまで美味しいとは。
食べる手が止まらず、瞬く間になくなる食材。
気がつけば冷蔵庫の中が空っぽになってしまった。
毒が仕込まれてある不味い食べ物を無理矢理詰め込んだ時には感じることがなかった。心地いい満腹感に襲われる。
そして風呂場で軽く汗を流すとベッドに横になった。
仰向けの状態で腕を上げ、聖剣を召喚する。
「お前は何で俺について来てくれたんだ?」
別の世界が見たかったのか、創造神の元に戻るのが嫌だったのか。
それか新たな持ち手を探している可能性も考えられる。
ここには人に転生を果たした勇者もいるのかもしれない。
聖剣は何も言わないかわりに優しい風が体を撫でた。
広々としたベッドで眠りにつく。
その日は珍しく夢を見た。
綺麗な水が流れる川の向こう側に、朧げにしか思い出せない両親と、世話になった傭兵団の仲間たちの姿がある。
気がつけば駆け出していた。
だが、走っても、走ってもみんなの元には近づけない。
『ばーか! お前にはまだ早えんだよクソガキ!』
『団長言い過ぎ! 坊主も頑張ったんだから褒めてあげましょうぜ』
命の恩人である団長が生前つけていた鎧を纏って、俺を追い払うような仕草を見せる。
『大金星だぞレオ! あたいが生きてたらあんたの嫁さんになってあげたのに残念だったね』
『姐さんが生きてたらいいおばちゃんでしょうに。レオにも選ぶ権利が──いたっ! 蹴ることないでしょう』
紅一点の部隊長であったアスティと部下たちの懐かしい掛け合い。
……涙が出そうだった。
またみんなの元に帰れると願ってここまで頑張ってきた。
だがみんなとの距離が遠ざかっていく。
追いかけても追いかけても縮まらない。
川に飛び込もうとした瞬間。懐かしい声が聞こえた。
『こっちに来ちゃ駄目よレオ』
『そうだぞ。レオがいるべき場所はこっちじゃない』
顔は忘れかけていても、声を聞いた瞬間思い出す。
何かをしでかした時に優しく叱りつけてくれた母親と、一緒に遊び、時には一緒になって怒られてくれた父。
そんな二人が俺を拒絶する。
「どうして?」
『あなたがそんな顔をしてるからよ』
『せっかくのご褒美なんだ。父さんたちのことは気にせずに、自分のことだけ考えたらいい』
それに同調するように団長が口を開く。
『レオ! 最後に一つだけ言っておく。俺のくだらん遺言は忘れてくれ。あんな俺の戯言に惑わされんなよ』
『次に遺言聞くのは俺っちの遺言にしとけ。俺っちの求める死に様は、好いた女に看取られながら逝くことだから忘れんなよ』
『何言ってんだい! あたいが看取ってあげたじゃないか』
『……姐さんはちょっと──痛いっ! 誰だ姐さんに鞭持たせた奴は!』
団長は後ろで繰り広げられている戦いに目もくれずにこちらを見据える。
『……まあそういうことだレオ! 最後にこれだけは言っておく。俺はお前のことを恨んでもねえし、迷惑なガキだとも思っちゃいねえよ。分かったらとっとと起きて可愛い姉ちゃんの一人くらい侍らしてみろ』
『そりゃレオには難易度が高いって!』
『まずは娼婦の姉ちゃんでも買って練習するといいぞ』
傭兵団の俺を小馬鹿にした言葉を聞きながら意識が遠のいていく。
目が覚めるとベッドの上に戻っていた。
「……夢か?」
あれは俺の罪悪感が見せた幻想なのだろうか?
それだとしたら本当にどうしようもないなと自嘲する。
だけど……ほんの少しだけ……胸の中のつっかえが取れたような、そんな気がした。
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