54話 お礼
正座をさせられている俺を理紗が見下ろす。
「女の子のお尻は触ってはいけない! 分かった?」
「いや、俺が触ったのは尻尾……理解した」
理紗に鋭い目で睨まれ大人しく謝罪する。
多分俺が全面的に悪いのだろう。
そんな俺を見かねて紬から援護が飛ぶ。
「師匠の能力を知らなかったのなら仕方ないよ。師匠の能力で生み出した耳や尻尾は敏感な感覚器官の一つになってるの。感覚は後で切れるから触るのならその時にしてあげて」
「もう触らない。すまなかったな鏡花」
「いいよ……ちょっとびっくりしただけだから。そんなことより理紗! さっきのレオの発言はどういうこと? まさかこんな早くに抜け駆けされるとは思わなかったよ!」
調子を取り戻した鏡花が理紗に詰め寄る。
そして今度は理紗が正座をさせられ、弁解していくが……。
「レオが野宿するって言ったからホテルを案内したんです。それで使い方を教えるために……」
「一緒の部屋に泊まった? 面白い冗談だな」
「──違っ、くわないですけど、たまたま二人用の部屋しかなくて仕方なかったんです」
鏡花が俺と理紗を交互に見る。
そして何を思ったか、隣の寝室に走っていった。
後を追った理紗の声が聞こえてくる。
「ちょっと、鏡花さん! 人様のベッドでゴロゴロしない!」
「マーキングだよ。マーキング。これでリセット。いや、むしろプラスだね」
寝室でドタバタと物音がする。
慣れているのか紬は無反応でアイテムボックスから取り出した紅茶を作って、俺の前に置いた。
「ありがとう」
「騒がしくてごめんね。師匠は悪い人ではないんだけど……ちょっとお馬鹿さんなんだ」
「大丈夫。別に嫌じゃないから」
嫌われるよりずっといい。例え内心で嫌っていたとしても、外面からはそれは感じられない。
巧妙に騙されている可能性もあるだろうが、直接的な罵声が飛んでこない分百倍マシだ。
そんなことより今この状況の方が問題があった。
ダンジョンに三人で向かった時、紬は俺を恐怖の対象として見ていた。
それは何も不思議ではないし、紬を責めるつもりもないが……。
「りっちゃんを助けてくれてありがとう」
「──しばらく俺は外に出てるから……なんて言った?」
ほぼ同時に喋り始めたため、うまく聞き取れなかった。
聞き返された紬は恥ずかしそうな表情を浮かべてもう一度口を開く。
「だから、りっちゃんを助けてくれてありがとうって言ってるの。本当に感謝してるんだよ。りっちゃんが人を頼るようになるのは、もう少し先だと思ってたから」
「頼られてるのか? 怒られてることの方が多いと思うが……」
「レオさん知らないだろうけど、初めて会った日に、りっちゃんは自分のチームに前衛の派遣はいらないって学校に伝えたの。新しく入った人が抜けるまではこの人数でやるからって……」
理紗と紬はダンジョンに潜る探索者を養成する学校に通っていたはず。
俺には当てはまらなかったが、エアリアルでも冒険者は横の繋がりを大事にしていた。
「そんなことを言ったら爪弾きにされないか? 切り捨てるのなら新参の俺の方だと思うけどな」
学友と関係値の低い俺。天秤にかけてどちらに傾くなんて自明の理だ。
「その言い方好きじゃないな。りっちゃんはレオさんと一緒に探索することを選んだんだから。それに学校で僕たちと一緒に探索したい人は、下半身で物事を考えてるとしか思えない猿……」
紬が大きく咳払いをする。
「学校ではりっちゃんについて行ける人なんて今までいなかったの。今度はそれが逆転してそうだけど、もしレオさんさえ良かったら一緒に探索してあげて」
扉の閉まる音。
理紗が鏡花を連れて寝室から出てきた。
向こうで激しい運動でもしてたのかってくらい、二人の息が上がっている。
鏡花はこちらを見てニンマリと笑い、大袈裟な手振りで俺を指差す。
「レオのベッドにはたっぷりうちの香りを擦り付けておいた! 今日はうちの香りに悶えて眠れ!」
「馬小屋とかで寝泊まりすることも多かったから、あんまり気にならないと思うぞ?」
「そう言う意味じゃない!」
顔を赤くする鏡花に理紗たちが吹き出す。
鏡花が手をわきわきさせながら理紗に詰め寄るが、紬が待ったをかけた。
「ほら! ずっとここにいたらレオさんの迷惑になるでしょ。終わったなら早く帰るよ」
「じゃあまた明日、レオ。今日はゆっくり休みなさいね」
「今日は色々手伝ってくれてありがとう理紗」
首根っこを掴まれて運ばれていく鏡花が抵抗する。
「ちょっと待て紬。お別れの挨拶をまだやってない!」
「今からやればいいでしょ。りっちゃんはもう挨拶終わらせたよ?」
「うちの挨拶は欧米式なんだ!」
鏡花を運んでいく役に理紗も参加した。
ずるずると外に運ばれていくのを見届けていると、紬が何かを思い出したように帰ってきた。
鏡花と理紗は一足先に外に出る。
「レオさん! 良かったらなんだけど、冷蔵庫に色々具材入れてあるの」
手招きされて歩いていくと、大きな箱のようなものの中にたくさんの食べ物が入っていた。
「これは……いいのか?」
「遠慮しないで受け取って。そんなに高いものでもないから。まだ家電を使うのは難易度が高そうだから、火がいらないようなものを用意したの」
手のひらサイズのハムや、新鮮でみずみずしい野菜たち。
そして、どこにもカビの生えていないふわふわのパンが並んでいた。
一番上の棚にはピンク色をした麺料理が、可愛らしい皿にこんもりと盛られていた。
これは何かお返しをしなければなるまい。
「冷製たらこパスタはここにある食器を使って食べて。ここにあるハムはビニールが張られてあるからそれを剥がしてから。ビニールは食べちゃ駄目だよ」
調味料や具材の組み合わせ。食器の使い方を聞き終わると紬が外に向かって歩いていく。
「それじゃあレオさん。また明日!」
何でもない挨拶を返すつもりだった。
だが俺の口から出た言葉は……。
「紬……無理はするなよ?」
「どうしたの急に?」
不思議そうな表情を浮かべる紬に返答しようとして、喉からつっかえたように言葉が出なくなる。
「疲れてるんだったら、早くお風呂に入って休んでね。料理は明日の朝でもいいから」
閉じられる扉。大きくため息を吐いてソファーに座り込む。
嫌われるのならば早いうちに。
今でもその考えは変わっていないが……。
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