45話 ギルドにて
ギルドの中は大勢の人でごった返していた。
正確な時間はわからないがまだ早朝。
ここの世界の住人は勤労意欲が高いようだ。
中に入ると大勢の視線を感じる。
何かを口走りそうになる奴もいるが、これまた大勢のギルドの職員に睨まれ、口をつぐんでいた。
受付の前に立ち、一枚の紙を渡す。
「鏡花に言われて来たんだが、何か話を聞いているか?」
「──はい! もちろんですとも! ラジャーでございます!」
受付の彼女は右手指先を眉の位置まで持ち上げて背筋をピンと伸ばす。
よく分からない仕草に首を傾げるが気にしないことにした。
受付の女性に小部屋の一つに案内され、用意されたお茶を堪能していると、背後にあった扉が大きな音を立てて開いた。
「鏡花、ここにいたんだな。すまんが理紗たちに俺が帰ってきたこと──」
鏡花は駆け寄ってきた勢いそのままに俺に抱きつく。
「鏡花? どうした?」
返事はない……代わりに激しい呼吸音が聞こえてくる。
鏡花を引き離すと、どこか恍惚の表情を浮かべていて不気味だ。
肩を揺らすと正気に戻ったようで、目をぱちくりさせると大きな声を上げる。
「おかえり! よく帰ってきたな」
「ああ。あんなに待たされるとは思わなかった」
「それが感想か? まあレオらしくていいけどな」
鏡花は労いの言葉を送ると、入り口の扉に目を向ける。
そして無言で歩いていき、そっと鍵を閉めた。
「……二人っきりだなレオ」
「いや、お前が入って来れないように鍵を閉めたからだろ」
「男と女、一つの部屋にいるとなれば何をするか知ってるか?」
「……殺し合い?」
「──違う!」
何故か手をわきわきさせながら近づいてくる鏡花に警戒を高める。
殺意でもない、今までに感じたことのない鏡花の行動に動揺していると……。
「ここよ! 鍵閉めてる!」
扉の向こうから理紗の声が聞こえる。
「鍵が閉まっているってことは、部屋を変えたのかな?」
どうやら紬も一緒のようだ。受付の人が連絡してくれたのだろうか。
ならば声をかけないわけにもいかない、と口を開くが……。
「理紗! 紬! 帰ってきたむぐっ──」
鏡花が後ろから抱きついてきて口を抑えられる。
「やっぱりいるじゃない! 鏡花さん! あなたは包囲されています。無駄な抵抗はやめて、出て来てください」
「師匠! 引きこもるのなら一人で引きこもってくださいよ。レオさんを巻き込まないで」
ずいぶんと酷い言われようだ。
仮にも師匠に向かって言う言葉ではない。
だが当の本人は全く気にしていないのか、俺に抱きつきながら高笑いを始める。
「何を言われようが結構! うちとレオ! 二人っきりなのは変わりない!」
「ちょっと! 何するつもりなのよ! 出て来なさい変態!」
「変態? 上等だ! 据え膳食わぬは女の恥!」
「据え膳って、自分でテイクアウトしてるだけじゃないの!」
理紗と鏡花の舌戦は紬の一言で終わりを告げた。
「あ! そういえば師匠が変なことしてそうだったら扉ぶち抜いてもいいよって、受付のお姉さんが言ってた」
「──弁償代は?」
「もち、師匠が返済する」
「あ……ちょっと……」
背後で焦りの声が漏れるが、理紗はそんなの関係ない、とばかりに魔力を込めていく。
軽い爆発が発生して扉に小さな穴が空き、そこから腕が伸びてくる。
細く綺麗な指がゆっくりと鍵を開けると、扉が静かに開いた。
理紗は周囲を見渡すと、最後に鏡花に抑えられている俺を見る。
そして理紗は口角を上げていくが、目が笑っていない。
背筋にすっと氷を当てられたようなえも言われぬ感覚を覚え、一歩後ずさる。
固まる俺をよそに、理紗はゆっくり歩き出し、鏡花の首根っこを掴んで隣の部屋に消えていった。




