42話 とある勇者の記憶
それはエアリアルで生まれた一人の男の記憶。
生まれてすぐ男は実の両親から引き離されて、とある教会で過ごすことになる。
そこは勇者の力を奪った俺に何度も刺客を放ってきた、太陽の教会の総本部だった。
男は何かをすれば褒められ、失敗しても怒られることはない。
男も自分の環境が異常だとは薄々気がついていたが、居心地の良さに離れることはしなかった。
男はそこですくすくと育ち……唐突に前世の記憶を思い出す。
地球でゴミみたいな人生を送って死んだ記憶。
その話は誰にも話さなかったが、すぐに周りにバレることになる。
宝物庫の前を通りがかった時、男を迎え入れるように自然と扉が開いた。
男は好奇心のままに忍びこみ、聖剣ネストを手にする。
扉の開閉を見られた女中に報告され、男の侵入はすぐにバレることになったが……。
『もしかすると……殿は選ばれし者かもしれませんぞ。……殿、自分以外の記憶をお持ちですか?』
教皇の側近である一人の老爺に問われると、自分はここではない世界で生きた記憶があることを正直に話した。
それを聞いた老爺の顔が喜色満面に変わり、大きく声を上げる。
勇者が生まれたぞ、と……。
教会でしばらく訓練を積むと、男は旅に出る。
魔物の被害があれば、討伐してお金をもらう。
感謝されてお金をもらう。前世の記憶と比べると充実した人生だった。
聖剣ネストは特殊な力を持たない、ただの丈夫な大剣でしかなかったがそれでも手放すことはしなかった。
この聖剣こそ英雄の証。そう思っていたからだ。
男の剣の腕前では強力な魔物には到底敵わない。だがそれを補うように、男には特殊な力があった。
相手に幻覚を見せる能力。
人間、魔物、誰にでも使うことができ、魔力抵抗の強い相手でも通用する。
この力を武器に男は勝利の山を築いていく。
男が一匹の鈍龍を討伐して街に帰還した時、それは起きた。
鈍龍の討伐は依頼ではないのでお金を払わないと街の住民に冷たくあしらわれる。
確かに男は依頼を受けて討伐したわけではない。
だがこの鈍龍の存在がこの街を苦しめていたのも事実だった。
男はこの世界に生まれおち、自分の行動を否定されたのは始めてのことだった。
だからこそ男は住民のその言葉で自分が舐められていると感じてしまう。
それは幼き頃の虐待に近い愚かな教育のせいでもあるが、甘い蜜を吸ってきた男にとって、到底納得のできる答えではなかった。
教会で神の如く崇められていた自分が、下賤な民に侮られていいものか。
男は街の住民に対して脅しの言葉を送る。
『いつでも前の生活に戻してもいいのだぞ』と……。
街の住民はその言葉に慌てふためいて男に一人の少女の体を差しだす。
そこで男は女の味を知った。
そこからは勇者の目的は変わってしまった。
助けることを目的にしていたはずが、何を貰うのかが重要になった。
それだけ見れば普通の冒険者と変わらない。
名誉に命をかける者もいれば、金銭欲のために命をかける者もいる。
だが男は間違いを犯すことになる。
とある街にいた、とても美しい少女に一目惚れをしてしまった時だった。
その少女は同じ街に住む木こりの青年と婚約していた。
少女は勇者と呼ばれる男よりも、何の力も持たない木こりの青年を選ぶ。
少女が住むところは長閑な街で、勇者の手助けが必要ないくらいには平和だった。
そこで勇者は魔物に幻覚を見せ、街を襲わせる。
全ては自作自演。だが男の目論みはバレることなく進み、報酬代わりに少女を差し出させることに成功する。
しばらくそこでの生活を楽しみ、同じ女に飽きてしまった男は女を捨てて、旅を再開した。
気に入った女がいれば魔物に街を襲わせた。
報酬代わりに女の体を要求する。
それを繰り返したのち男の行動は露見してしまい……。
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迫る聖剣を後ろに飛び退ることで回避する。
……脳が熱い。かなりの情報を直接ぶち込まれたから負荷が大きかったのだろう。
この記憶は誰が見せてくれたのか分からないが、これが正しければ聖剣はこの男を主とは認めていなかった。
視界が戻り、異形の勇者の姿が目の前に現れる。
異形の勇者は拳をこちらに打ちつけるが、聖剣の作り出した壁に攻撃を阻まれている。
『なんだよその力……そんなのぼくはしらない……ズルだ……ぼくのときは……ズルするな』
駄々を捏ねているような異形の勇者を横目に、ダンジョンカメラを取り出した。
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