39話 不自然な移動
大木に掴まっていた蛾が空に飛び立つ。
蛾が羽ばたく度に周囲に鱗粉が撒き散らかされていき、さっきの霧が比にならないほどに視界が悪くなっていく。
なんだろうかこのもやっとした感情は……。
人と魔物。殺し殺されの関係性は何も不思議なことではないが、相手の行動に義があるのでは? とすら思ってしまう。
【あれ映像が不安定になってる】
【多分魔力阻害。ダンカメもじきに映らなくなると思われ】
【よりにもよってヴェノム種かよ】
『レオ…………毒』
カメラがぶつ切りの単語を話す。
毒持ちなのは言われなくともそんな気がしていた。
相手の恨みが正当でも、親切に嬲られて殺されてあげることは出来ない。
聖剣の力で鱗粉を払いのけながら剣身の腹に魔力を込める。
聖剣の鍔から刃先まで光の文字が浮かんでいくが……なぜか先端の少し手前でぴたりと止まってしまった。
本来なら最後まで字が浮かぶはずだった。
これでは力を解放することが出来ない。
「……おい。まだ拗ねてるのか?」
ガントレットを使ったことの不満を訴えてるのかそれとも……。
「あれをやったら手を貸してくれるな?」
正解と言うように俺の頬を優しい風が撫でた。
これを見られているのは少し小っ恥ずかしいが背に腹は変えられん。
聖剣の腹に口付けを落とす。するとつっかえていた流れが解放されたように最後まで文字が浮かび上がった。
俺の体が風を纏う。念の為ダンジョンカメラも守ってくれるよう聖剣にお願いしてから、鱗粉の中に入っていった。
何度か空中を跳躍して巨大な蛾の元までたどり着く。
交戦時間は一瞬。俺はそのまま蛾の元に突っ込み聖剣で薙ぎ払った。
聖剣から放たれる不可視の斬撃。
相手は避けることもできず、粉々になるまで破壊され消失した。
斬撃は消えることなく進んでいき、遠くの方で何かに衝突し、そのまま貫いていった。
「まだ敵がいたのか?」
モンスターの鱗粉の影響か、動きの止まったダンジョンカメラを亜空間に収納し、今回の討伐報酬である謎の瓶も回収する。
確か探索中の故障の場合、配信の義務は一時的に免除されていたはずだから問題はないだろう。
フロア移動が始まる前に、先程衝突音がした場所に向かうことにした。
今の俺には魔石の一つでも無駄にはできない。
どんな雑魚が相手だったとしても、金になりそうな物は持って帰りたかった。
目的の場所まで進んでいくと、段々と魔力の流れが不安定になっている。そこにあったのはモンスターのドロップなどではなく……
「何だこれ? 空間にヒビが入ってるのか?」
宙にできた大きな亀裂。その中には暗闇が広がっていた。
嫌な予感がする。その亀裂から距離を取ろうとした時、周囲に光り輝く蝶が生まれた。
デスパレードと呼ばれている、ここに送られた原因となった蝶。
その蝶は数えるのも億劫になるほど数を増やしていき……一斉にこちらに向かってくる。
先頭の一匹に風の刃をお見舞いすると、聞き覚えのある衝突音を残して消滅する。
……まさかさっきの攻撃はここにいた蝶に当たったのか?
これにより何が起きるのか分からないが、ダンジョンカメラが壊れているため、理紗たちに確認することができない。
うじゃうじゃと湧いてくる蝶を何度か撃退していると、痺れを切らしたように四方八方に散らばっていく。
奴らが体を地面の中に半分埋めると、ダンジョンの地面全てを覆うような巨大な陣が発生した。
「随分と力ずくだな!」
地面に埋まる何匹かの蝶に攻撃を仕掛けるも、出現した陣に綻びは見られなかった。
恐らくいくら足掻いても手遅れなのだろう。
光が一際大きな輝きを放つと──
目を開けると荘厳な作りの大広間のようなものが見える。
豪華なシャンデリアが辺りを照らしていて、壁にはいくつもの絵画が描かれていた。
壁画に描かれているのは魔物と戦っている一人の男。
魔物の絵は絵画ごとにバラバラだが、それを相手取る人間は同じ男のように見える。
何故それがわかるのかというと、男は同じ武器を使って戦っていたからだ。
波打つ刃先と鍔周りにある特徴的な金の装飾。
そして金の装飾の中心にあって一際異彩を放つ緑の宝玉。
ちらりと目線を落とす。今まで数々の危機を一緒に乗り越えてきた唯一の相棒。
男が持っているのは聖剣ネストにしか見えなかった。
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