27話 デスパレード
フロアボスはある程度進まないと出現しない。だから魔物を呼び出す前に理紗が説明を始めた。
「ここに出てくる魔物はフライアイ。そいつが落とす魔石はダンジョンカメラを作る核になるのよ。試しにあなた一人で挑戦してみる?」
【フライアイは物理に強いぞ】
【剣士が空を自在に飛び回る敵を相手にするのは辛くね?】
【勇者に囮になってもらって炎姫が仕留めた方が確実だと思うけど】
フライアイと言う魔物は聞いたことはないが、説明を聞いた限り、レオは似たような魔物とは戦闘経験があった。
光線のようなものを打ち出してくる魔物で、威力が高い代わりに再び攻撃するために少し時間を要する。
想像通りの相手ならば、攻撃は聖剣で打ち消すことが出来るし、逃げられても問題ないとレオは判断する。
「下がっててくれ」
レオが一人で前に歩き出すと、ダンジョンフロアが発光を始めた。
理紗と紬が端に避難していたのを足音で確認すると、レオは聖剣を手に、じっと待つ。
次々と生まれるモンスターの群れ。
浮き上がる無数の目玉その全てがレオを捉えていた。
【12体。最大出現引いてるじゃん】
【これで援護なし? 相手が遠距離攻撃だって説明した?】
【見殺しにする気か】
「ちょっとりっちゃん! 本当に大丈夫なの?」
「騙されたと思って見てなさい。危険だと判断したら私も援護するから」
理紗はコメントを確認することもせずにじっとレオを見ていた。
たまらず紬が問いかけるも頷いて答える始末。
これはレオが憎くてやっていることではない。
短いがここまでの付き合いでそれは理解していた。
理紗がレオに感じている多大な信頼……それが暴走しているのではないかと、紬は気がかりだった。
紬が回復のため魔力を練り始めた、その時だった。
レオの姿がふっとかき消える。
「……え?」
直後、何かが地面に落下したような鈍い音が響いた。
紬は音の先に視線を向ける。
見えたのは、フライアイの体がごろりと地面を転がっている姿だった。
フライアイの体は、転がるうちに体の中心からスッと途中で分かれ、動きを止める。
分断された体が、魔石だけ残して消えていく。
【テレポート?】
【違うぞ。勇者がいた地面にヒビが入ってる】
【早すぎんだろ】
【勇者のダンジョンカメラ機能してない】
【あんな早さで動く人間をカメラで追えるわけないだろ】
仲間の死を前にしても、残されたフライアイは役目を全うすべく攻撃を続ける。
空中にいるレオに向かって射出される魔力の塊──金属バットで殴られたような威力のそれは、標的に触れることすら叶わなかった。
レオは無防備なはずの空中で、当たり前のように跳び上がり回避する。流石のフライアイもこれは予想してなかったのか、回避行動に移る前にレオが振るう聖剣の餌食になった。
【これが勇者の魔法?】
【勇者は魔法使えないって言ってなかった?】
【魔法以外でどう説明すんだよ】
【勇者立ち止まっちゃったよ。魔力切れた?】
レオは不思議そうに首を傾げると、残ったフライアイに目を向ける。
そして間を開けて打ち出された魔力弾に手のひらを差し出すと──無造作に握り潰した。
【勇者の体が何の素材でできてるか考察しない?】
【アンドロイド勇者説】
【地球外生命体勇者】
怪我を心配するどころか呆気に取られている二人とコメント欄。それにとどめを刺すようにレオがボソリと呟いた。
「……また病弱そうな奴が出てきたな。攻撃失敗してるだろ」
【至って通常運転ですが?】
【イレギュラーのオークを病弱呼ばわりしてた人だぞ。言ってる俺も意味わかんないけど】
【フライアイ勇者狙うの諦めた】
フライアイがレオに背を向け、観客である二人の元へと迫ってくる。それが及び腰に見えたのは紬の気のせいではないだろう。
紬は回避のために翼を作り出す。
そして戦闘の邪魔にならないように、飛び上がろうとしていたところ、理沙の手がローブの袖を掴んだ。
「りっちゃん! 何を!」
「避ける必要ないわよ。だってもう……死んでるから」
言葉が終わると同時、二つに分かれたフライアイが理紗たちの横に落下する。
紬がポカンと大口を開けて固まっていると、フロアボスの討伐により二十六階層へと扉が独りでに開かれた。
何が起きたのかまだ理解できていない紬に変わって、理沙が声をかける。
「お疲れ様! 余裕だったわね」
「ああ、でも……」
「想像より弱かった。でしょ? 仕方ないわよ。フロアボスって言っても所詮上層の魔物なんだから」
言って良いものかとレオが少し口籠もっていると、理紗がその疑問に答える。
確かに相手の姿は似通っていた。……だが弱すぎる。エアリアルでレオが戦った相手の攻撃は鋼を貫き、大地に深い穴を開けた。
それが原因で旅を始めたばかりのレオは、金属製のプレートアーマーから、魔物の皮を使った鎧に変える必要があったくらいなのだ。
【敵が弱くて釈然としない強者ムーブ。真似させてもらいます】
【空飛んでから出直してこい】
【異次元の強さだったな。魔力酔いしてる様子もないし】
【空中を足場にしてたのが魔法だったら魔力酔いしないのも頷ける】
昼飯のお礼にとレオが紬に魔石を差し出しても彼女は頑なに受け取らず、逆にそんなつもりであげたんじゃないと注意を受けた。
レオは自分の行いが彼女の道理に反したのではないかと思い謝罪すると、理沙の説明で気になっていたところを確認する。
「さっきの魔物はもっと深い場所でも出てくるのか?」
「私たちは上位種って呼んでるけど、外観だけ同じの別物みたいな存在よ。強さがまるで違っていたり、弱点が真逆になってたりとまだ詳しいことは分かってないの」
理沙の話が本当ならレオがよく知る魔物も後で出てくるかもしれないと思い直した。
ダンジョンに入ってまだ初日。
探索を進めれば、魔王に近しい力を持つ者にも出会えるかもしれない。
レオが魔石を亜空間に戻すと、二人を連れて鍵が開いた扉へと向かった。
二十六階層へと続く扉は色が変わっていた。
これまでの扉は全体が赤く美麗な装飾が施されている扉だったが、目の前にある扉は、装飾こそそのままに、全体が青く染まっている。
扉の先へ行こうとしていたところで、紬から声がかかる。
「レオさん! これ覚えてて」
紬の手には一つの魔石があった。道中の魔物の討伐で手に入れたものだろうが、紬はそれを扉の近くにあるベルのようなものに近づける。
魔石がベルに吸い込まれたのを確認すると、紬は指で軽くベルに触れる。
軽やかな音が鳴ったかと思えば、彼女の足元に光で囲まれた円が浮かび上がった。
「これは帰還用のポータル。これで帰ったら次来る時はここから探索を続けられるよ」
これはかなり便利な代物だと思ったが、二十五階、五十階、七十五階にしか置かれていないらしい。だから少なくともそれまでは探索を続けなければいけないようだ。
続きの探索は別日にやることにして一度地上に戻ることになった。ポータルは一人づつとのことなのでまずは起動した紬が先にお手本として帰ることに。
「二人っきりだからって変なことしないでね」
「そんなことしないわよ! 良いから早く帰んなさい!」
紬の軽口に付き合ってあげている理紗。二人の仲が垣間見える一幕だったが、問題は彼女が帰った後に発生した。
「私が先に帰るの? 不安だからあなたが先に……」
「戦士が戦場に味方を置いて去ることは許されない。このまま探索を続ける気はないから先に行ってくれ」
理沙が帰還した後、レオが一人で探索を進めないか心配しているのだろう。
だがそれは杞憂だ。
まだ二人に借金を返せてない。最低でもそれを返済するまでは一緒に行動する──レオはそう決めていた。
理紗はレオの言葉に、ほっとしたような小さな笑みを浮かべた。
そして帰る前に何か言いかけようとして……顔を強張らせて固まった。
レオは彼女の視線が背後に向いていることに気づいた。
何かあるのかと、レオも振り返って確認すると、眩い輝きを放っている手のひらサイズの一匹の蝶が、こちらに飛んできているところだった。
【デスパレード】
【炎姫も勇者も逃げて】
【炎姫はポータル乗ってんだから逃げられねえよ】
【何でSクラスのトラップモンスターが上層に出てくんだよ】
【よりにもよってこのタイミングか】
「レオ! そいつから離れて!」
その言葉を聞くと同時、レオは左へ跳躍する。あそこまで声を張り上げて注意を促す相手だ。用心するに越したことはない。
そうやって必死に伝えてきた理紗本人は、そこから動く様子はなかった。蝶とレオを交互に見つめ、何かを言いかけるも、唇を強く噛み締めて飲み込む。
蝶が不規則な起動で理紗の元に近づいて行く。迫る蝶を前にして小さく震えている彼女は瞠目した。
「……虫が嫌いなんだったら恥ずかしがらずに言うんだぞ」
「へ?」
レオの軽口に、理紗は一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。
そしてレオの手の中にいる蝶に目を映すと──
「早くそれを離しなさい! どこか遠くに放って!」
【無理だって】
【もうマーキングされてるよ】
【勇者の配信、子供が見れなくなってる】
【そりゃそうだろ。死ぬの確定してるようなもんだしな】
レオの足元に複雑な模様が浮かび上がる。
そして次の瞬間、レオは広大な森の中に立っていた。
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