257話 嫌われる覚悟
理沙と紬はレオの帰りを十分程度待っていた。
レオが負けるはずがない。
いつものごとくイレギュラーを討伐して、戻ってくるのを信じていた。
だからレオを邪魔はせずに、待っている予定だったのだが、理沙の一言で状況は一変する。
「パペットミラーの情報は、レオさんにも話してある。大丈夫……だよね?」
「パペットミラーの攻略は、過去のトラウマを追体験しなければいけないでしょ? レオは強い。それは魔王として戦った私が一番わかってる。……でも、レオの抱えているものは、私たちが想像する以上に大きいと思うの。だから……もしかすると、レオは過去に呑まれたのかもしれない」
理沙が不安げに答えると、紬も顔を曇らせた。
……パペットミラーの犠牲者。
過去のトラウマが強すぎる場合、心が壊れてしまう可能性がある。
精神が崩壊して、現実との区別がつかなくなるのだ。
現に今、レオは鏡の中に取り残されている。
理沙の言葉を否定出来る材料を、紬は見つけることができなかった。
最悪のケースを思い浮かべて、紬は息を呑んだ。
「だったらレオさんを助けに行かないと!」
「言ってる意味わかっているのよね? 助けに行けば、私たちもレオの過去を追体験してしまう。無事に助けることができても、レオから嫌われる可能性だってあるのよ」
己の一番のトラウマなど、誰にも知られたくない情報だろう。
それを知られたらどう思うか……理沙が紬の目を真っ直ぐ見つめながら忠告する。
理沙の言葉は、紬の覚悟を問うものだった。
理沙の厳しい視線を受けて、紬はふわりと表情を緩めて笑う。
「うん。大丈夫。僕はレオさんを助けたい。それに、僕が行かなかったら、りっちゃん一人で向かうでしょ?」
「……さあ、どうかしらね。しばらくゲームして待ってるかもしれないわよ」
死を望んでいたレオは、どんな結果になっても、不満を漏らすようなことはしないだろう。
そして今から二人で行うことが、彼の戦士としての矜持を傷つけることになるかもしれないことも自覚している。
「強がっちゃって。そわそわしてるのわかってるよ。それじゃあ二人でレオさんを助けに行こう!」
「絶対にあそこから引っ張り出してくるわよ」
だが助けに行かないと言う選択肢はなかった。
なぜなら死にたいと願うレオの隣では、二人の少女が共に生きることを望んでいるのだから……
二人は手鏡が落ちてある場所まで歩いていく。
講習で聞かされた救助のやり方を頭の中で反芻しながら互いに向き合った。
無事に救助することができれば、また笑い合える日が来るのだろうか?
馬鹿みたいなことを言い合って、からかい合う日常に戻れるのだろうか?
言葉もなく、互いに手を握り合う。
二人は空いた手を、手鏡まで伸ばしていき……
飛ばされた先は森の中。
そこでは日本ではあまり見かけない大きさの大樹がそびえ立っていた。
「とりあえず介入できたわね」
「早くレオさんを探さなくちゃ」
「紬! 待ちなさい。警戒せずに歩くのは危ないわ。いつでも空に逃げれるように身構えておいた方がいい。ここはエアリアル。魔物が住まう世界よ」
理沙の忠告に紬はハッと息を飲んだ。
レオのトラウマを辿るということは、それほどの相手とやり合うということだ。
油断しているところを襲われようものなら、ミイラ取りがミイラになってしまうだろう。
「例えどんなに強い相手が敵だったとしても、未来でレオは生きているの。正しい選択は必ずある」
「そう……だよね。ごめん、ちょっと焦ってたのかも。何があってもいいようにバフかけとくね」
「ありがとう。助かるわ」
紬は理沙と自分に物理防御と魔法防御の複合バフをかける。
身体強化を覚えてからはこのバフの使用頻度が上がっていた。
二人で森の中の探索をする。
互いの距離は一定に、いつでもサポートできるように意識して。
幸か不幸か、二人は誰にも遭遇することはなかった。
耳をすまして聞いてみるも、戦闘音どころか他の物音が聞こえてくることもない。
「早くレオを見つけないとね。このままだと私たちの魔力が尽きちゃう」
「そうだね。りっちゃんにも魔力回復ポーション渡しておくよ。市販のものだけどそれなりにいいやつだから」
「こんなにいいの?」
「レオさんのお陰で見てくれる人も増えたからね。余裕ができた分まとめて買ったんだ。僕の分はまだあるから、気にせず使ってよ」
紬はいくつもの瓶がセットされているポーチを理沙に手渡した。
紬の優しさを受けて、理沙は頭を抱える。
「魔力回復ポーションなんてチームで使うものなんだから、自腹で買っちゃダメでしょ。後で計上してね。私も支払うから」
「そんな高くないから大丈夫だよ。それよりレオさん見つからないから、一度空から探してみるね。木があって見にくいけど、それでもしないよりはマシだから」
「鳥の魔物もいるかもしれないのよ。危険じゃない?」
「危険だとしても、だよ。延々と歩き回っているわけにはいかないでしょ」
最終的に理沙もその案に同意した。
ここにいるだけで、二人の魔力はじわりじわりと削られていっている。
回復薬があるとはいっても、そこまで余裕があるわけでもないのだ。
空と地上に分かれてレオを探す。
理沙が二本、紬が四本目の魔力回復薬を空にした時だった。
「いた! 多分そう。顔までは見えないけど人がいるよ」
「わかった。一緒に行きましょう。でも紬、気をつけて。相手は敵かもしれないから」
理沙の指摘に紬はこくりと頷いて、下に降りてきた。
「りっちゃん、心の準備はできてる?」
「出来てなきゃここまでこないわよ」
自分のエゴで助ける自覚も、嫌われてしまう覚悟も、とうに二人はできていた。
言葉数少なく現場に向かう。
少し歩くと、理沙も一人の男が俯きながら座っているのを確認した。
「……レオ?」
「レオさん?」
二人の声に反応して男がゆっくりと振り返る。
その顔はレオの面影を残しており、体格は今と比べるとかなり小さく見える。
ようやく再会を果たしたのに、二人は思わず視線を逸らしてしまった。
なぜなら、レオの顔は憔悴しきったような、今にも泣きそうな、そんな弱々しい目をしていたから……




