255話 出現するはずのないイレギュラー
残りの探索は滞りなく進んだ。
道中で討伐したモンスターは俺と理沙達で半分半分。
理沙たちが消費した魔力も、魔法の絨毯に乗って休めば回復する程度に抑えるように調整している。
四十九階層は大岩が点々と置かれている荒野フィールドで、出来るだけ大岩から離れるように陣取って食事を始める。
「複数の種族の魔物が一緒になって襲ってくるのは慣れんな」
「仲良しこよしで襲ってくるモンスターには私も違和感あるわね」
最後の戦いは例外として、基本的にエアリアルの魔物は、別種族で徒党を組むことはほとんどなかった。
理沙もエアリアルでは魔物として生活していたので、人の俺よりも違和感が強いようだ。
二人の話を聞きながら、紬は膝で顔を隠す用に押し付けている。
「……うゔっ。今日は恥かいた」
「そろそろ立ち直りなさい。怪我がなくてよかったじゃないの」
「立ち直れないよ! 私たちだけでどうにかなるって啖呵切っといてあれだよ? コメントも凄い盛り上がってたし」
「あなた失敗した時だけコメント気にする癖、やめなさいっていつも言ってるでしょ。あいつら面白おかしくからかってくるだけよ」
四十九階層には様々なモンスターが出現したが、一番厄介だったのは石でできたゴーレムだった。
奴らは大岩の一定範囲内に入るとランダムで召喚され、不意打ちを仕掛けてくる。
一体一体の実力はそんなに高くないのだが、召喚の兆候を察知することが難しく、気がつけば隣にいる、なんてことが多々あった。
「まあ召喚範囲内に魔力が充満してるから、俺としてもどこに召喚されるかは読めん。身体強化を常に施しながら行動すれば、何とかなるってわかったんだから、いい教訓だと考えた方がいいだろ」
「……でも二人して笑ったことは忘れないよ。あれも凄い恥ずかしかったんだから」
「そりゃ『ぴゃっぴっ!』って叫ばれたら笑うでしょ。新種のモンスターがリポップしたのかと思ったわよ」
「――りっちゃん!」
……耐えろ俺。
一緒になって笑ったら今度は俺に飛び火するだろう。
ゴーレムが紬の真横にちょうど召喚された時、完全に不意をつかれたのか見ていて面白いほど混乱していた。
幸いにも召喚されたモンスターは速攻で理沙に倒されて怪我はなかったのだが、本人は死ぬほど恥ずかしかったらしい。
「ほらっ! レオも笑ってるわよ。鼻がヒクヒクしてるじゃない」
「レオさんも後でしっかりお話しします! でも最優先はりっちゃんだよ。ずっとからかってくるでしょ」
「ちょっと待て。俺は紬を笑ってないぞ。これは料理の匂いを嗅いでいたんだ。ちゃんと我慢……あっ――」
「優先順位が変わったよ。りっちゃんは後回し」
「そうしなさいな。私はご飯食べてるから」
「ちょっとレオさん、仲間の失敗を笑うなんて良くないと思うんだ……。ねえそうでしょ?」
紬がこちらに詰め寄ってくる。
笑みを浮かべているが、その目の中は笑っていなかった。
「そうだな。人の失敗を笑うのは良くない。すまなかった。次からは気をつけるとしよう」
「レオさん……ぴゃっぴっ」
「ブフッ!」
「全然反省してないじゃんか! 僕はっ! 傷ついてます!」
紬の恥ずかしそうに絞り出した言葉に、思わず吹き出してしまった。
理沙も斜め前にパクパクと口を開閉しながら笑いを堪えているのだが、紬は気がついていない。
「駄目よレオ。動揺した仲間をからかうのは」
理沙は嫌らしい笑みを浮かべながらこちらに注意してくる。
「理沙、最近耳にしたんだが、どうやらチームは苦しさを分かち合うものらしい。理沙も一緒に……」
「ご飯食べ終わったからゲームしてるわね。イヤホンするから外の音は全く聞こえない予定。二人でじっくりと語り合いなさいよ」
仲間を見捨てるのは良くない。
逃げに徹した理沙を見てそう思った。
だが逆の立場であればどうしただろうか?
……きっとこの連鎖は終わることがないんだろう。
――――――――――――――
【二人で戦うってマジ? 勇者に手伝ってもらった方がいいんじゃない?】
【二人の言い分もわかるけど、早足でここまで来たのは事実でしょ】
【無理なら手助けしてもらうって言ってんだから黙って見とけ】
【保護者湧いてんね】
「無理はするつもりはないから喧嘩しないで」
「二人とも身体強化使えるんだから、間違っても死ぬことはないわよ」
配信を開始した俺たちは、五十階層へと足を運んだ。
五十階層は何もなく、だだっ広い空間が広がっている。
遮蔽になるものや、建造物の類も何もない。
真っ白な石に覆われた、訓練場のようなフィールドだ。
理沙たちが前に出て、俺は一人壁際で待機する。
いつもの如く中心に光が集まっていくが……今回は少し反応が違った。
ぐにゃりぐにゃりと形が定まらず、中々出現しないフロアボス。
「……何が起きてるの?」
理沙が警戒した様子で呟く。
やがて光が安定していき、一匹のモンスターを召喚した。
人型のぬいぐるみのような見た目に、手に持っているのは大きな手鏡。
顔はピエロのようなメイクが施されている。
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今回の失敗を挙げるとすれば、緊急事において、レオが全力を使って殲滅するという選択肢を事前に決めていなかったことであろう。
だがそれは仕方のないことだった。
まさか出るはずのない階層でイレギュラーが出現するとは誰も予想していなかったからだ。
理沙と紬の二人はありえない現象に反応が遅れ、レオは前日に決めていたルールを守ろうと様子見してしまった。
その結果……。
イレギュラーが右手に持つ手鏡を掲げる。
「レオっ! こいつを……」
理沙がイレギュラーを仕留めるよう声を上げようとするが、遅すぎる。
次の瞬間、三人は鏡に吸い込まれるようにして消えていった。
魔道具を無効化するイレギュラーの力により、ダンジョンカメラが動作を停止して地面に落ちる。
そしてフロアに静寂が訪れた。
探索者がいなくなり、イレギュラーも役目を終えて姿を消す。
地面に残っているのはイレギュラーが持っていた大きな手鏡と、故障して動かなくなったダンジョンカメラだけ……。
「まだだ。まだ……」
誰もいないはずのフロアに男の声が響き渡る。
声の先には顔を隠すように、大きな骸骨をつけた男が一人立っていた。
男は苦しそうに呟くと、壁に埋まるようにして消えていく……。




