248話 これを失敗と言う人もいる
理沙は好きで魔法の名前を唱えているのではないらしい。
彼女はあまりアニメには興味がないのかもしれない。
小難しいことを色々と話していたが、要約すると魔法の切り替えを感覚だけで覚えこむのは困難だったようで、それで名前をつけて切り替えるようにしたら上手くいくようになったらしい。
「余計な時間を使ったわ全く……」
「りっちゃんは凄いからね。すぐに新しい技作っちゃうんだから」
「感覚だけでやれてる紬に言われてもね。嬉しさ半減」
そういえば紬は何も言わずに魔法を行使していたな。
「僕はノリと勢いだけでやってるだけだからね。だから僕なんかより、息するように身体強化使えてるレオさんの方が凄いよ。やってみてわかったけど、身体強化を使っての戦闘は慣れるのに時間かかりそう。レオさんはどう意識して使っているの?」
「俺は…………適当だ」
【どうにかしてくれこの天才肌たち】
【何の勉強にもなんねえよ】
【真顔で答えてんじゃねえ】
【できない俺たちに喧嘩売ってんのか?】
「話はその辺で、そろそろ敵を呼び出しましょうか。これが終われば階層移動していかないと」
《閃光花火》
「レオさん。目をつむった方がいいよ」
理沙が空に向かって火球を打ち出す。
人の頭ほどの大きさの火球は、ブレることなくまっすぐと進んでいき──眩い閃光を放った。
【目がっ! 目が〜】
【大きすぎる音とか光はシャットアウトされるようになってんだから、嘘つくなって】
【あれ? おかしいな。俺はもっとイケメンだったはずだけど】
【本当だ。私ももっと痩せてたはず】
【被害者多数。至急治療求む】
【そいつらは現実が見えてないだけだぞ】
「眩しいな。初見だったら油断して、まともに受けていたかもしれん」
仮に理沙が無詠唱で魔法を使えていたら、彼女の魔法を読むのは至難の技だろう。
ホワイトアウトした視界もすぐに元に戻り、遠くから走ってくるコボルトの群れを捉えた。
前に立つ理沙は先程の戦闘でドロップした、穂先の折れた槍を拾い上げ……
「りっちゃんも身体強化で戦うの?」
紬がまさかといった表情で驚いている。
理沙は直接的な戦闘を学ぶことは消極的だった。
そんなことするならば、別のところを学んだ方が自分……ひいてはチームのためになると自覚していたからだ。
その方向性で両者納得して、今に至るのだが、気が変わったのだろうか?
《ヘビ花火》
理沙が手に持つ槍の先端に、炎のロープのようなものが生まれる。
その炎はどんどんと長さを伸ばしていき――理沙はそのまま槍を振り払った。
槍の先から伸びた炎は、近くまでやってきたコボルトの胴体に接触。
コボルトは短い悲鳴をあげて自分の体に手を当てる。
今回の炎は爆発することなく、コボルトの胴体を横断するように残っている。
「今回は粘着の力を付与したの。身体強化で切った張ったの戦い方は出来そうにないけど、私の魔法を絡めたら、多少は戦えるんじゃないかと思ってね」
【鞭……だと⁉︎】
【どこまでサービス精神旺盛なんだ炎姫】
【狙ってるのか? これは狙ってるんだよな?】
【解釈一致です。ありがとう炎姫。妄想がはかどります】
【聖女がハンマー持ったし、炎姫は鞭持つし。今日は本当に良い日ですね】
攻撃を受けたコボルトは、地面に転がってのたうち回っている。
必死で火を消そうと体を擦り付けるが、炎はコボルトの体から離れない。
鼻腔をくすぐる肉の焼ける匂い。
「良い香りだ」
「……レオさん、今の状況でその台詞は出さないで」
紬が無表情でコメント眺めながら突っ込みを入れてくる。
何が悪口でも書かれているのだろうか?
心配になり聞いてみるが、レオさんは知らなくていいことだと教えてくれなかった。
燃え上がった炎は、コボルトの命を奪って魔石に変える。
続け様に理沙は鞭の犠牲者を増やしていった。
しばらく見守って理沙の戦闘に問題ないことを確認すると、二人に声をかけてその場を離れる。
【味方が戦ってるのに何してんだ】
【勇者が戦ったらトレーニングにならないからじゃね?】
【そりゃそうだけど、離れる必要ないよね】
【半年前はこれが普通だったんだから大丈夫でしょ】
【戦闘能力のない聖女連れて、炎姫一人で戦ってたもんね】
「さて、俺もやるか」
亜空間から聖剣と石ころを一つ取り出す。
右手には聖剣、左手には石ころを握りこむ。
……今からやることの自信はない。
それどころか形になるのかすらもわからなかった。
集中するべく目を閉じて、石ころに魔力を込め始める。
【スクショしました。ありがとうございます】
【これは勇者ファンクラブへのご褒美なの?】
【勇者こんな媚びの売り方するんだ】
【嫌な予感がするんだけど、俺の気のせい?】
【お前の気のせいだろ。勇者のサービスショット楽しもうぜ】
限界まで石ころに魔力を流して強化する。
次は聖剣に魔力を流し込み、聖剣の力で自らの体にブーストをかけた。
ここからが問題。
体を巡る異物を知覚する。
慣れ親しんだ自分の魔力とは違い、精霊の気配を漂わせる異質な力。
そいつを動かすべく、俺は自らの魔力流して探っていくが……ぴくりとも反応せず。
魔力をもう少しだけ強く――いや、暴発する危険がある。
そのままの魔力でしばらく挑戦するが、何度やっても成功することはなかった。
一向にうまく行かない現状に、痺れを切らした俺は……一度だけ、力づくでやってみることに。
やけになったわけではない。これはやけになったわけではないんだ、と自分に言い訳をしながら、魔力圧縮による身体強化を施して、体に定着した精霊の力に触れると。
……わずかに動いた。
心臓がはねる。
今度は最大限に身体強化を施して試してみると、精霊の力は少しずつ魔力の流れにそって動き始める。
押し戻される感覚に抗いながら、そのまま精霊の力を左手に持つ石ころへと誘導していけば……
次の瞬間、パンっと軽い音が鳴り響き……石ころの姿が消えた。
弾ける暴風。
近くに来ていたダンジョンカメラが吹き飛び、地面がくぼむほどの衝撃がはしる。
そして俺の体も後方へと吹き飛ばされていく。
「きゃっ! 何? 何なのよ」
「レオさんの仕業? 爆弾⁉︎」
顔面から地面に突き刺さった俺に声をかける二人は、何が起きたのか理解できずに混乱していた。
俺は地面から顔を引き抜き、周囲を見渡す。
かなり移動して試したはずなのに、それでも足りなかったらしい。
左を見れば理沙は尻もちをついて転んでおり、右では紬は地面に横になっている。
辺り一帯の草木は根こそぎ吹き飛んでいて、被害の大きさがよくわかった。
スタンピードを起こさなくて良かったな、と安堵のため息を吐くと。
「失敗した…………かもしれん」
「第一声がそれ⁉︎」
「僕、心臓が止まるかと思ったんだからね!」
何をしたのか説明してと迫る二人。
俺は何故か正座をさせられて、一部始終を話していった。




