第247話 技名は浪漫
「ご馳走様です。えっと……ご迷惑をおかけしました」
ご飯を食べ終えた紬が頭を下げる。
「上空で寝るのも考えものよね。紬は寝相が悪いから」
「ちょっと! 僕は寝相悪くなんかないよ」
「へー、レオの家に泊まった時に、扉の前で目覚めた子が寝相悪くない? 私も何度かベッドから蹴り落とされそうになったんだけど」
理沙の指摘に紬は顔を赤くする。
「何でそれを今言うの! それは反則、例外です」
「隠してもしょうがないじゃないの。だってこれが最後じゃないのよ」
「それはそうだけどさ。僕も年頃の女の子として恥ずかしいというか……」
もごもごと俯きながら言葉を重ねる紬。
だが最後は諦めたように、少しだけ寝相が悪いことを認めた。
寝相が悪いことは特に問題ないが、寝起きで咄嗟に魔法を発動できていなかったのは駄目だろう。
そう指摘すれば「精進します」と申し訳なさそうに肩を落とす。
「準備ができたことだし、そろそろ探索を再開するか」
「そうね。昨日紬を見てて気がついたんだけど、私たちだいぶレベルアップしてるみたいなの。だから明日からはもっと上の階層で試していいかもね」
「モンスターの肉効果はかなり偉大だね。こんなにも変わるなんて思わなかったよ」
理沙の言葉に紬もうんうんと同意する。
「ドーピングみたいで情けなくなるけど、こればっかりは受け入れるしかないわね。早く足手纏いから脱却しなくちゃ」
「足手纏いなんて思ってないぞ。二人には俺が知らない知識もある。それに、最近も世話になったばかりだしな」
「そうだね、あの時は……」
紬に視線を送ると、彼女は照れたように俯く。
それにより俺も一連の流れを思い出し、顔をそらした。
理沙がわざとらしく咳払いをする。
「はいはい、そろそろ配信開始するわよ。レオ、さっき言ってたことだけど……」
「そうだね! 配信しないとね!」
理沙の言葉を遮るように紬がダンジョンカメラを取り出して起動する。
「レオ、いつもの鎧装着しなくていいの?」
「今日はメインで戦うつもりはない。あっても邪魔になるだけだろう」
「そうなの? いつもはなんだかんだつけてるのに」
不思議そうに聞いてくる理沙を誤魔化す。
その間、紬はカクカクとロボットのように腕を動かしながら挨拶をしていた。
近場のモンスターは全滅させているため、魔法の絨毯に乗って移動する。
「そういえば理沙の魔法を詳しく聞いてなかったな。見た目通りの魔法なのか?」
【炎姫の魔法を知らない⁉︎】
【さてはお前、炎姫ファンクラブ入ってないな?】
【チームメンバーなんだから入ってるわけねーだろ】
【でも私、勇者ファンクラブに入ってるけど、勇者の力、全く理解できないよ?】
【それはそう。運営仕事しろ】
かなえの魔法のように、一目見ただけでは能力が判別できない魔法があることを知っている。
理沙の魔法は効果がわかりやすいので、今まで聞いたことはなかったのだが。
理沙は俺の質問を受けて少し固まると、ぷっと笑い声を漏らした。
「本当今更ね。まあ見た目からそんなに変わるものでもないけど、私の魔法の力は生み出した炎に、別の力を付与すること。まあでも……」
《ネズミ花火》
皿型の火球が不規則に動きながらコボルトに迫る。
コボルトは持っていた穂先の欠けた槍を乱雑に振るうが、火球はそれを掻い潜り爆発を起こした。
「こんな感じで爆発させることが多いわね。何だかんだで一番威力出るし、慣れてるから」
「ミミックの時も使っていたな。最後の奴はすぐに爆発してなかったが」
「止めをさした時の魔法は、爆発するまでの時間を設定していたの」
【細かい調整が難しくて、名前つけて管理してるのよね】
【いいなあ。俺もこんな魔法があったら、勇者と付き合えるのに】
【爆弾発言やめてください】
魔法の絨毯に乗ってコメントを読んでいた紬が口を開く。
「レオさん、りっちゃんが毎回技名を言ってるのは……」
「大丈夫だ。わかっているぞ。俺もテレビを見て色々学んでいる。やっぱり技名を言った方が様になるからな」
アニメを見た時に最初疑問に思ったのは、何でわざわざ今から使う技を叫ぶ必要があるのか、ということだ。
技名を叫べば使う技がバレるし、余計な手間がかかる。
そんな目線で見ていた俺だが、しばらくすると間違いだと気がついた。
あるキャラクターが言っていたのだが、長い詠唱や技名というのは浪漫なのだ。
次に来る攻撃を期待させて、乗らせる。
アニメ大国と称される日本では、それが浸透するのも不思議ではない。
【勇者、遠回しにディスってる?】
【噂で聞いたこれが天然ナイフか。痛えぜ。俺の黒歴史を抉ってるみたいだ】
【見ろ。炎姫顔真っ赤じゃん。効いてる効いてる】
【不意打ちだからな。ダメージも段違いだろ】
理沙は俯いてふるふると震えている。
共感されて嬉しいのだろうか?
ならば俺のアニメ鑑賞も意味があったということになる。
日頃の学びが役にたったと一人頷いている俺の方へ、理沙が俯きながらこちらに歩いてくる。
俺の前まで来た彼女がゆっくりと顔を上げ……この目はまずい。明らかにダメなやつだ。
後ろに下がろうとした俺の腕を理沙が掴む。
「レオが勘違いしないように、わかるまで説明してあげるからね。どうしたの? 顔が引き攣ってるわよ」
「もしかして怒ってるのか? 理由はわからんがすまなかった」
「怒ってなんてないわよ。今からレオの認識の齟齬をなくせるんだから嬉しいくらい。だから最後まで聞いてくれるわよね?」
理沙は無表情で、こてんと首を傾ける。
俺は少し狼狽えつつも、首を縦に振って同意を示した。
理沙は「良かった」と口角だけ引き上げると、感情の読めない平坦な声で説明を始めた。




