245話 強化魔法の合わせ技
夕ご飯を平らげ、仮眠のために準備を始める。
用意していた魔獣避けの香を焚くと、これまた先日入手した魔道具を地面に置いた。
魔道具の形状は正方形の黒い板。
分厚いタイルのようなこいつは、純正ダンジョン産の魔道具である。
俺が魔道具を取り出したのを見届けると、紬が先ほど入手した魔石を三つほど投げ入れた。
それに合わせて魔道具の外周、縁の部分から黒色の光が伸びていく。
縁から垂直に伸びた光は一定の場所まで到達すると固まり、即席の浴槽を作り上げた。
「それじゃあ水を入れるぞ」
「ありがとう。レオが先に入る?」
「俺は水浴びでいい。少なくなったらまた足すからゆっくり休んでくれ」
水壺の魔道具を使って浴槽の中を一杯にすると、理沙が魔法を使って加熱していく。
適温になったのか理沙は風呂の中に手を入れると、こちらに声をかける。
「レオ! 大傘出して」
「風呂の横に刺せばいいか?」
「うん。そこでお願い。覗かないでよ?」
「それぐらいはわきまえている」
理沙はニヤリと笑いながら注意してくるが、そんな一時の感情で信用を落とすようなことをするつもりはない。
俺は傭兵団の馬鹿どもとは違うんだ。
亜空間から全長二メートルはある巨大な傘の魔道具を取り出して地面に差し込み、少し離れた位置にいる紬の元に戻る。
「どう紬! 見えてる?」
「大丈夫だよ! ここからは見えないから」
白と赤のデザインがされてあるあの大傘は、傘下にいる者が外側から覗き見できないような特殊な力場を生成する。
紬の言葉に俺も振り返ると、大傘から下、地面までの距離がキラキラと様々な色で覆いつくされていた。
「何か……派手だな」
「目に悪そうな色してるよね」
紬が苦笑いを浮かべながら肯定する。
覗き見ができなくなるだけの力しかない魔道具。
中を覗き見ることができなくなる代わりに、外から見れば呆れるほど目立つのだ。
もちろん近場にモンスターがいれば襲撃してくるし、重さも何故か百五十キロほどあり、こんなものを探索に持っていく奴は誰もいない。
それでも値段にして八十万もしたので(ダンジョン産の魔道具にしては安い方)壊されないように警戒を解かないようにする。
「今日は時間使わせちゃってごめんね」
「別に構わない。俺は俺で暇してたわけじゃないからな」
手の中にある石ころをじゃらじゃらと手慰みにいじっていると、紬が謝罪してくる。
「本当に? レオさんはほとんど戦えてないでしょ?」
「少し思うところがあってな。今日はずっと身体強化の練習をしてたんだ」
鬼族との違いをまざまざと見せられた。
それを種族の違いで納得するのは簡単だ……しかし、まだ俺が身体強化の本質を捉えていないのだとしたら?
「レオさんずっと石ころ手にしてたよね。それを使って練習してたの?」
「ああ。魔力強化も身体強化も大元はよく似ている。最初から自分の体で試すのはリスクが大きくてな」
手のひらに乗せた石ころに限界以上の魔力を込める。
すると石ころに亀裂が入っていき、ぼろぼろと崩れていった。
こちらの動きを観察していた紬は、目をぱちくりさせると。
「身体強化は安全って言ってなかった?」
「普通に使う分には安全だ。人が呼吸を忘れて死なないように、誰もが本能で限界を悟っている。例え非常事態に陥ろうとも、その枠をはみ出すことはない」
そしてその限界を越えようとした力が、俺の十八番である魔力圧縮だ。
難易度もさることながら、失敗すれば容易に自らの体を傷つけてしまう。
成長には何かしらの代償を求められることはままあるが、先の見えない鍛錬に自らの体を差し出すほど狂ってはいない。
とりあえず石ころを使って練習し、成果が出れば自分の体で試してみる。
だが、何個石ころを破壊しても、一向につかめるものはなかった。
「楽しそうだね、レオさん」
「全くもって楽しくない。正直やるだけ無駄だとも思ってる」
「えー楽しそうだよ。だってレオさんが真剣に何かをやっているところなんて初めて見た」
「俺はいつでも真剣だぞ」
弱い相手と戦う時も、適当に動いているわけではない。
魔力の配分こそ差はあれど、武技や立ち回りはどれも同じだ。
紬は俺の指摘にクスリと笑う。
「りっちゃんのゲームやらされてた時は、死んだような目をしてたの思い出したの。今のレオさんは新しいおもちゃを手に入れた子供みたいだよ」
「褒めてるのか馬鹿にされてるかわからないんだが」
「褒めてる、褒めてる。あっ! レオさんに聞きたいことあったんだ。身体強化と魔法は併用出来るのかな?」
「別にできてただろ?」
紬は自身の魔法である翼を出しながら戦っている。
最初から同時に使っておいて、何を聞いているんだろうと不思議に思ったが……。
「僕のことじゃないの。例えば元々体を強化する魔法を使う人がいるでしょ。その人が身体強化を使えたら今の僕よりもっと強いのかなって」
「それは……わからんな。あっちの魔法使いは総じてプライドが高かったからな。あまり体を動かして戦うことは好まれていなかった。だから悟のような魔法を扱う奴は俺も見たことがないんだ」
エアリアルの魔法使いは俺たち傭兵をいつでも殺せる程度の存在、と見下している者が多い。
傭兵が武器一つで突貫する前衛を花形としていたように、魔法使いは体を汚すことなく、手数や質量で相手を圧倒することに美学を持っている。
それにより魔法使いとの戦闘はあまり時間をかけてられず、そんなに情報をとることができなかった。
「同じ強化の力なら混ぜれるかなって思ったんだけど、そんな簡単じゃなさそうだね」
「ちょっと待て、今なんて言った?」
「へ? 僕変なこと言っちゃった?」
失言したと勘違いしたのか、紬は申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「すまん。ちょっと気になることがあっただけだ」
魔法を混ぜる。身体強化に別の力を混ぜるとしたら……。
先の見えない暗闇に、小さな光が見えた気がした。




