241話 仲直り
謝ることを決めたは良いものの、紬の居場所はとんと検討がつかなかった。
外に出たのか、はたまた今もまだギルドのどこかにいるのか。
後者であればまだ良いが、前者だとすれば捜索範囲が広すぎる。
魔法を使っていない状況では魔力探知は意味を持たず、五感強化で探すのも難易度が高い。
焦った頭では何も良い案が浮かばず、取り敢えずギルドを破壊しない程度の力で駆け回ろうと魔力を練り上げた時だった。
俺から見て斜め向かいの階段を駆け上がってきた如月が声をかけてくる。
「レオさん! 鏡花さんから伝言があります。邪魔者を早く引き取りに来てほしいとのことです」
「邪魔者? 紬のことか?」
「さあ? 私はそれを伝えるように言われただけですから。でも泣き腫らした目でそっちに向かっている紬ちゃんの目撃情報はありました……とも伝えておきます」
その言葉を受けて俺は鏡花の部屋へ急いだ。
階段をまとめて跳び越し、廊下を駆け抜ける。
最近の戦闘ではしないような爪の先まで意識するような、繊細な身体強化は一息の合間で鏡花の部屋に辿り着くことに成功した。
「紬!」
「寝室にいるよ。……ったくうちの家は託児所じゃねえんだぞ」
全開の扉を抜けると、机に肘をつきながら座っていた鏡花がコーヒー片手に不満を述べる。
「すまん。少しだけ話をさせてもらっていいか?」
「うちはここで朝飯を食いに行くから好きにしてくれ。しばらくすると戻ってくるから、それまで家の中で留守番しておいてよ」
鏡花は閉じられた部屋を指差すと、カップを流し台に置いて入口付近に立っている俺の方へと歩いてくる。
外に出る瞬間、鏡花は俺の耳元へ口を寄せると。
「……なあレオ、この世界の人間がやってることは、レオの目から見るとごっこ遊びに見えるかもしれない。でも、奴らもそれなりに真剣に探索者やってんだ。だから存在意義を否定されると傷つくし、それだけで自信を失っちまうガキもいる。勿論己の信念を曲げて接しろとは言うつもりはないけど……あ〜何真剣に話してんだろ。今の忘れてくれ、飯行ってくる」
恥ずかしくなったのか、鏡花は赤くなった顔を隠すようにして、急ぎ足で部屋を出て行った。
修復したばっかりの入口の扉は、彼女の動揺を示すように大きな音を立てて閉じられる。
乱雑にガチャガチャと外から鍵をかけたのを確認すると、俺は鏡花が指差した扉に体を向ける。
扉の前で立ち止まると、中からごそりと物音がした。
「……紬、そのままでいいから俺の話を聞いてくれるか?」
返答はなかった。俺のことを不快に思っているのかもしれない。だがそれでも伝えなければならない言葉があった。
「多分俺は仲間として最低な発言をしたと思う。でも、それでも俺のせいで仲間が傷つくことが一番怖かったんだ。それは俺が怪我を我慢するよりも、もっと辛く、苦しくて……死にたくなる」
口を開けば自分が何を話しているのか分からなくなるほど頭がぐちゃぐちゃで、言い訳のような言葉が並んでいく。
これではいけないと、必死に伝える内容を考えていると……寝室の扉がゆっくりと開いた。
部屋の中から現れた紬は、泣き腫らした目を隠すように少し俯きながら立っている。
殴られるのであれば甘んじて耐えなければならない。
罵られるのであれば黙って聞き入れなければならない。
俯く紬が出した答えは、己の身の上の吐露だった。
「レオさんはさ、僕がダンジョンに潜る理由を言ってなかったよね。……僕はね、生まれつき魔素誘引症候群っていう病気なんだ」
「……病気?」
いつも元気溌剌に暮らしている、陽だまりのような紬に一番似合わない言葉だ。
短い付き合いだが、紬が風邪をひいているところは見たことがなく、探索を休んだこともない。
今まで無理をしていたのだろうか? そんな俺の疑問に答えるべく、紬は説明を続ける。
「魔素誘引症は夢遊病の一種でね、寝ていると無意識に近くのダンジョンに向かっちゃうの。誰かに止められなければそのままダンジョンを進み続けて、モンスターに殺される。そんな病気なんだよ」
聞いたこともない病気に何を返せばいいのか……。
紬は狼狽える俺を見て小さくと笑うと、震える手で俺の右手を包み込むように優しく握った。
「探索者としてダンジョンに潜ると、しばらく病気が安定するの。僕が探索者をしている最初の理由はね、生きるために必要だから、だけだったんだ。……でもね、今は違うの。理沙ちゃんがいて、レオさんがいる。私のダンジョンに潜る理由は、昔とは全然違うところにあるんだよ」
それは自分に言い聞かせるように、思いを確かめるように。
紡がれた紬の言葉は、すんなりと俺の心に入ってきた。
他人の言葉を疑うことなく信用できたのなんていつ以来だろうか?
そんなことを考えながら今度は俺が口を開いた。
「俺のせいで二人が傷つくのなら……多分まだ俺の気持ちは変わっていない。だけど二人とまだ探索を続けたいと思ってるのも確かなんだ」
握られた手に力がこもる。
「僕もレオさんに恩返しがしたい。レオさんと一緒にパーティーを続けたい。パーティーを抜ける理由が僕が危ないから、なんてのは絶対嫌だ」
そこで紬は言葉を止めて、俯いた顔を上げる。
「僕を守って、なんて絶対言わない。僕も守られる必要がないくらい強くなるよ。だからまだ一緒に探索を続けよう?」
吹っ切れたような紬の笑顔は、直視できないくらい眩しく、とても綺麗だった。




