238話 翻訳の力
倒れた仲間を抱えて路地裏に移動した男たち。
ヒーラーの男、鈴木圭介は気絶した仲間に回復魔法をかけると、呻き声を漏らしながら目を覚ました。
「あれ? 何で俺はこんなとこで寝てんだ?」
「起きたかウィル。お前は足引っ掛けた野郎の連れに気絶させられたんだ。覚えてないのか?」
ニックがウィルに説明をする。
「気絶させられた? マジかよクソッタレ。それでそいつはどうしたんだ? こんな人気のないところに来てるってことは、キレたニックが殺しちまったのか?」
「迷惑料渡して解散したよ。その様子だと酔いも覚めてきたようだね。ウィルは酒癖悪いんだからあんまり飲みすぎたらダメだよ。……まあ今日の話の後だと飲みたくなる気持ちもわかるけど」
圭介が流暢な英語で注意するとウィルは目を釣り上げて怒りをあらわにする。
「おいそれって……」
「ここで揉めてちゃ話が終わらん。少し大人しくしてくれ」
ウィルが圭介に詰め寄ろうとするが、ニックが制止した。
「さっき止めた理由を説明するよ」
「ちゃんとした理由があるんだろうな? 俺が負けそうだからなんて抜かすなよ?」
「……そのまさかさ。多分あの場にいた誰も彼には勝てないと思う」
圭介が返すとニックは馬鹿にされたと感じたのか目を吊り上げる。
一触触発の空気の中、ウィルが大きなゲップをして立ち上がった。
「話が終わらないって言ったのはニックだろ? 最後まで聞こうぜ」
「下品だよウィル」
「探索者なんだ。下品もクソもあるかよ」
呆れたように注意する圭介の言葉を切り捨てる。
興奮しているよりかはマシだが、高学歴勝ち組探索者を自負する圭介にとって、仲間の素行の悪さは悩みの種だった。
「それじゃあ単刀直入に言うね。彼は恐らくメインターゲットだ。どう? 僕の言っていることがわかったかい?」
「メイン……あいつが勇者か⁉︎ 」
圭介の言葉に驚愕する二人。
相手の後ろ盾が厄介なんだろうな、なんて的外れの予想を立てていたニックには寝耳に水の情報だった。
「何でわかったんだ? 俺には普通の日本人と見分けがつかなかったぞ? まあいい体格はしてたが……」
「ウィルはそもそもアジア人の見分けつかないでしょ。僕としても見た目で気がついたんじゃないよ。わかった理由はニックと勇者の会話だ」
「会話? 特徴的な口調なんて……翻訳の力か」
圭介のヒントでいち早く答えに辿り着くニック。
その言葉を受けてウィルは、眉を寄せてなるほどなと呟いた。
「知ったかぶりをしているウィルにわかるように説明すると、勇者の言葉が僕には日本語に聞こえたんだ」
「俺もちゃんとわかってたぞ! 嘘じゃないからな! ……日本語に聞こえた?」
強がるウィルは、最後に飲み込みきれない疑問を吐き出した。
「俺は日本語は喋れない。それはウィルも知ってるだろ?」
「そりゃ知ってるさ。ニックは馬鹿だからな」
「……喧嘩しない。怪我しても治してあげないよ」
殴り合いを始めた二人。
巻き添えをくらわないように圭介は距離をとると、もう少し噛み砕いて説明する。
「僕から見るとニックが英語で話しかけて、相手が日本語で返していたんだ。ニックはさっき言った通り日本語は理解できない。……喧嘩を売ってるわけじゃないからその怒りは僕に向けられても困るよ」
怒りの矛先がウィルから圭介へ……。
ニックに睨まれた圭介は両手を上げて降参をアピールする。
「それが分かってんなら何で場所を離れたんだ? 今回の渡航の目的にも入ってただろ?」
「あんな状況で勇者を勧誘なんてできるはずないだろう? 喧嘩売った君たちが僕に文句言わないでくれよ」
「ほら、怒られてんぞウィル」
「どうせニックも喧嘩売ってるだろ? 同罪だ」
「新宿ダンジョンの探索許可も降りず、第二の目的だった勇者からの好感度は最悪。とんだ遠征になったものだね。これはリーダーに報告しておくから二人とも覚悟するように」
「待ってくれ圭介。女の子がいる店奢るからさ。それだけは内緒に……」
「初めにやらかしたウィルが悪いんであって俺は問題ないだろ? ……なあ、大丈夫だって言ってくれよ」
「ダメです。二人とも一回リーダーに怒られて。それと日本にいる間は酒を控えるようにね。馴染みの店ならまだしも、海外で迷惑かけるのはもう懲り懲りだよ」
圭介のその言葉に二人はがっくしと首を折る。
お目付け役の自分にも非はあるが、暴走した探索者をヒーラーが止めれるわけもない。
金で解決できたとはいえ、落ち着くまでは街を出歩くのも控えた方が良いだろうと圭介は大きくため息を吐いた。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
「面白かった」
「もっと読みたい」
と思ってくれた方、ブクマや↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎を押して応援してくれると嬉しいです。




