236話 探索者になった理由
ややあって落ち着きを取り戻した悟は、逆に質問を投げかける。
「レオさんはどこまで探索することを目指しているんだ?」
「どこまでか……強いて言うなら、満足のいく戦いができるようになるまで、かな」
悟には俺の身の上は話しておらず、これからも伝えることはないだろう。
俺がエアリアルで培ってきた価値観は、この世界の人間には受け入れられない。
だからこの辺で話を変えることにした。
「悟は何で探索者になったんだ?」
「俺か? かっこいい理由があればいいんだけど、一番は金だな。ガキの頃からおつむの出来が悪くてね。手っ取り早く金を稼ぐためにはちょうど良かったんだ。うちのお姫様は別の理由だけどな」
一緒にすると怒られるんだと悟は呟く。
咲も悟と同じく、それなりの評価を得ている探索者だったと記憶している。
「金じゃない理由か……。聞いてもいいか?」
「別に調べたら出てくる内容だから構わないよ。簡単に言うと幼いころ咲の魔法は、すぐに暴発するほど不安定だったんだ」
自身の魔法を制御するために咲はダンジョンに潜り続けた。
こうした理由で探索者になる者は一定数いるらしい。
感情の変化で暴発する魔法使いは少なからずいて、酷いものは隔離されて育てられる可能性もあるようだ。
「多分レオさんが教えにいったあの学校にも、そんな理由で通うようになった学生はいるはずだよ。新宿にあるやつは日本で唯一の未成年の学生限定の訓練機関だからな」
「紬も……何かあると聞いたことがあるか?」
『あんたを治療して倒れたのなら、回復薬を飲んでも無駄だよ。放っておけばそのうち良くなるさ』
薬屋の老婆から言われたこの言葉。
俺の体質に問題があるのなら、そもそも回復が成功しない。
そして限界以上の魔力を行使して倒れたのであれば納得もできるが、後で聞いた話では魔力的にはまだ余裕を残していたらしい。
質問を受けた悟は眉をよせると。
「お嬢ちゃんに何かあったのか?」
「いや……そうではないんだが」
「まあいいや。そっちのお嬢さん方の話は知らないな。あれだけの回復魔法の使い手だったら、別に今すぐ引退しても順風満帆な生活を送れるだろうけど……モテる男は辛いねえってことでいいんじゃないか?」
「からかわないでくれ」
悟はニヤリと笑いながら酒を飲み干すと、表情を引き戻す。
「今の時代あることないこと色んな情報が外に出回ってる。調べれば出てくるかもしれないけど、本当に知りたいことは、本人からの言葉以外信用するのはよした方がいい」
「悟も何か書かれていたのか?」
「レオさんほどじゃないが、俺もそこそこ有名だったからな、陰で色々書かれたよ。手加減して緊急事態を演出してるだの、夜の街で女はべらしてるだの、誰だあんな噂流したやつは! あれのせいでしばらく咲が不機嫌だったんだぞ!」
「俺の噂は何かあるのか?」
「……さあ、最近はネットから離れた生活を送っているからわかんねえや。でもまあ人気のある探索者はいい噂も悪い噂も集まりやすい。あんまり気にする必要ないよ」
人気のある探索者か。
理沙や紬は人気があるらしいが……
「無名の俺は大丈夫か」
「どこでそんな結論が出た?」
「俺みたいなやつに文句言うほど皆、暇ではないだろう。いや、理沙たちが有名だからその妬みとかもあるのか……」
「ちょっと待て待て! レオさん自分の配信の報酬はどう貰ってる?」
「配信の報酬? 鏡花に言われて口座を作って、そこに入るようにしてる。でも普段はドロップアイテムを売却した金で生活してるから、わざわざそっちを下ろすことはないな」
「搾取されてるわけじゃないのか。オッケー、それなら一回見た方がいい。絶対、今日帰ってすぐに。目玉が飛び出るほどの額が入ってると思うから。その感じだと自分の配信を見返してないな。レオさんたち配信するたびに同接のランキング総なめしてるよ」
配信でお金が入ってくる仕組みがまだ理解しきれてなく、投げ銭という機能でお金をもらえることくらいしかわからない。
何度かギルドの待合室に置いてあるモニターで、他の探索者の配信を見たことはあるのだが……あまり興味をそそられなかったので、見るのを止めてしまったのだ。
その同接ランキングとやらを確認したら、もっと楽しめるのだろうか?
「そんなにお金が入っているならそろそろ土地買えそうかな?」
「土地? レオさん家建てるのか?」
「いつまでもギルドに住むわけにはいかないだろ? それなら土地作って簡易な家を建てようかと思ってな。名義とやらは二人のどちらかに持ってもらって……」
「――同棲? 同棲なのか⁉︎ そんなに手が早いとは思わなかったな」
食い気味に聞いてくる悟。
変な勘違いをしているようなので、二人に迷惑がかかる前に訂正しておく。
「二人は今まで通り学校を寮を使って、俺だけが住む形にする。最悪雨風しのげればいいからな。コンテナでも置いて住むつもりだ」
「コンテナって、そんなに稼いでいるのに不用心じゃないか? 日本は比較的安全だけど、それでもリスクがないわけじゃない。高価なドロップアイテムを所持している探索者ならなおさらだよ」
「ドロップアイテムや大切なものは全て収納するから仮に侵入されても問題ない」
「ギルドの契約が切れそうなのか? それなら宿屋でって……そういえば条件武具のガイドラインがあったな」
悟には俺が遠征に行けない理由を伝えてある。
聖剣をどこぞの研究者とやらに預けなくては、民間のホテルに泊まる許可が降りないこと。
そして俺が住んでいるようなギルド内に用意されている部屋は、ほとんど上位の探索者による予約で埋まっていて、新規で借りれる場所がないのだ。
「新宿ダンジョンの攻略は歯応えに欠けるが、今のところは楽しめている。わざわざ相棒を他人に預けてまで他に行きたいとは思わない」
「……歯応えがないって、アンチ発狂するから絶対配信で言わない方がいいよ。でもここ数ヶ月で新宿ダンジョンは人気ダンジョンになっちゃったからな。ダンジョンを開放すべきって声もあるし、そうしたら本格的に家を探すのも悪くない案なのかもしれないな」
「ダンジョンを開放?」
「ダンジョンショップがあるダンジョンも増えてはきてるんだけど、それでもまだ足りてないんだ。だから新人のために使うのは勿体無いって声が増えてきてんの。まあ全て養成学校の生徒が専有しているわけでもないから、俺としては別に問題ないと思うんだけどな」
少しずつ他のダンジョンにも、ショップが追加されていっているらしい。
なので少し待っていれば供給は追いつくだろうと悟は言う。
「ダンジョンショップは増えてきてるが、完全分岐型のダンジョンは、日本では新宿ダンジョン一つだけだ。ただでさえ力ある新人は周りに疎まれやすい。後進の育成に力入れんのはおじさん大歓迎だ〜」
若者の未来に乾杯などとよくわからない言葉を呟きながら、悟は一気に杯を空にする。
どうやらかなり酔いが回ってきているらしい。
「そろそろ止めた方がいいんじゃないか? 飲みすぎないように咲から注意受けてただろ?」
「大丈夫だって〜。これだけしか飲んでないのよ俺。やばい、しょんべん漏れそう。連れション行こうぜレオさん!」
「……それは構わんが、絶対に漏らすなよ」
短い付き合いだが、初めて出会った時のことを考えると信用できない。
悟の後ろについて行くと、突然悟が受付前に立っていた男に足をかけられて盛大に転んだ。




