235話 ペナルティは平等に……
レオが立ち去った後、鬼族と老婆は仲間の残骸に歩み寄っていく。
鬼族は仲間の死を悼むことなく蹴り飛ばすと、肉塊が地面を跳ねながら転がっていった。
「無駄に火種を作るでない。ただでさえお主は目の敵にされておるというのに」
「油断して負ける弱い奴が悪いのよ」
肉塊の下に魔法陣が生まれると、逆再生するかのように案内人の体が修復されていく。
普段の姿に戻った案内人は奥歯を噛み締めて殺気を撒き散らした。
「……テメェ」
「負け犬がキャンキャン吠えてうるさいわね」
「いいから早く治療するぞ。その体で喧嘩を始めるな。何でわしばっかりこんな役回りに……」
老婆が一触即発の二人に、大きなため息を吐きながら止めに入る。
悪化する体調を無視して喧嘩を売る鬼族は、治療を始めようとする老婆の手を振り払い、一人離れて行った。
「治療するだけ無駄だわよ。私もペナルティ受けなきゃなんないから」
「それがわかっておって口にしたのか? 本当にお前ってやつは……」
「アドラが何かしたの?」
二人のやりとり見た案内人が目を丸くしながら問いかける。
「情報の公開。それも件の男にだ……。お主のやろうとしていることはわからんでもない。仮初の命でしかないわしらは大元を断つことはできんからの……。だがやりすぎではないのか?」
「そんなつもりで話したんじゃないわよ。言ったでしょ? この世界が滅ぼうが、あちらに影響が出ようがどうでもいい」
「ではなぜ?」
「あれ程の逸材なのよ。唾をつけておくに限るわ。どうせなら全盛期の私を超えるところを見てみたいの」
布で隠れているから確認することができないが、二人は鬼族が獰猛な獣のように笑っているのが想像できた。
「わしはそろそろ過労死しそうじゃ」
「戦闘馬鹿が」
老婆はその言葉にガックリと肩を落とし、案内人は呆れたように吐き捨てる。
上機嫌な鬼族の前に鎧武者が次々に召喚されていく。
召喚された鎧武者たちは、一斉に鬼族に襲いかかった。
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「最初はビールで。レオさんもそれでいいか?」
「何でもいい」
探索から帰ってきて翌日。
俺は悟に呼ばれ、変装した姿で居酒屋まで来ていた。
悟にはモンスターの肉の処理をお願いしていたのだが、その報告も兼ねているらしい。
個室で分かれている居酒屋だがかなり騒がしく、傭兵団のところにいた時を思い出すような懐かしさがある。
まあ模擬戦と称しての喧嘩が始まっていないので、雰囲気だけなのだが……。
「今日は俺の奢りだ好きに食べて飲んでくれ」
「別に金は出すぞ?」
「一回飲みたいと思ってたから俺が出すよ。ここは飲み放題食べ放題だから値段の心配はいらない。念の為六倍の料金払ってるから出禁の心配もない……と思うし」
不安が残る悟の言葉だったが、店員が飲み物を持ってきてくれたことで一時中断。
何度もここは飲み放題食べ放題なのかと確認する悟に、店員は呆れ顔を見せながら気にせず飲食してくださいと告げた。
「じゃあ乾杯だ。……ビール苦手だったのか? 悪かったな」
「酒は苦手じゃない。戦士だからな」
「その顔は……いや、まあいいや。じゃあ料理を頼みつつ話しておこうか。何が食べたい?」
「一通り食べたい」
悟が顔を引き攣らせながら機械を操作して注文していく。
悟は酒を飲む時はあまりご飯を食べないようで、出てきた料理をちまちまつまみながら杯を空にしていく。
「昨日の解体の分で、ひとまずモンスターの在庫は終わりなんだろ?」
「そうだな。ありがとう。助かったよ」
まだエアリアルでの魔物の肉が沢山余っているが、それは今は使わないことになっている。
俺が食べる分には問題ないが、理沙たちが食べるには危険が大きいからだ。
毒性がある可能性や、強い魔素を含んだ魔物の肉は害にもなり有る。
だからどうしてもといった場合以外は、今あるモンスターの肉で強化をはかっていく。
「お礼はいらないよ。恩に感じているのはこっちの方だからさ。それならとりあえず報告しとこうと思って。俺と咲なんだけどさ……探索者を再開しようと思うんだ」
「おめでとうで、いいのか?」
借金苦によるものだと応援しにくい。
悟は俺の言葉で勘違いしたのか慌てた様子で手を振る。
「勿論今回みたいに解体の依頼があるならそっちを優先するよ。だけど探索の仲間はこれ以上いらないんだろ?」
「それは……」
口篭る俺を見て、悟は驚いたような顔を浮かべる。
「以前聞いた話だとそんな感じじゃなかったか? もしかして新しい人を入れようとしているのか?」
「いや……その逆だ。悟は俺の探索を見たことあるか?」
「暇さえあれば見てるよ。随分と順調そうじゃんか。何か問題でもあったのか? 痴話喧嘩なら俺には解決できないぞ」
悟は茶化すように返してくるが、本心で言っているわけではないのだろう。
持っていたコップを横に置いて、悩みがあるなら聞くぞと続ける。
異世界出身の俺には地球人の普通はわからない。
だから意を決して悟に質問することにした。
「俺と一緒に行動するせいで、二人に無理をさせてるんじゃないかと思ってな……。悟はどう思う?」
すぐに返答はなかった。
悟の顔を見ると、落ち着かない様子で目をキョロキョロさせている。
悟は新品の酒を手に取ると、一息で飲み干して。
「……しょんなことないと思うよ?」
悟は俺から目を逸らし、震える声で答えた。




