233話 鬼族の戦闘
「肉体の性能の差か? 鬼族の魔法なのか?」
フロアには鬼族の攻撃による轟音と、吹き飛ばされるモンスターの赤く輝く瞳が残す軌跡だけが戦闘が継続していることを知らせてくれる。
その力の差に呆然となりながらも、俺は聖剣に魔力を流し込んだ。
聖剣の加護である薄緑色の光が全身を包む。
聖剣のブーストによる強化でようやく、鬼族の動きが把握できるようになった。
「……そんなにモンスターは硬いのか?」
鬼族が近づいて殴る。その繰り返し。
小手先の技術なんて関係ないとばかりに、圧倒的な速度で攻めたてているが……思ったより効き目が薄いようだった。
何度も何度も跳ね飛ばされているモンスターの体は未だ原型を保っており、鬼族に当たることはないが反撃を放つ余力もある。
鬼族は未だ五体満足でいるモンスターを踏みつけて無力化しながら不満を吐き捨てた。
「あーあ。こんな雑魚にこの様だとやんなっちゃうわね」
「今の体でそれだけできれば十分であろう?」
「それでもよ。納得いかないの」
「お主だけでも勝てそうだが、少し時間がかかりそうだのう。悪いが手を出させてもらうぞ」
「わっ! 馬鹿あんた――」
【黒死の愛を抱いて眠れ】
老婆がモンスターに向かって杖を向けて魔法を放つ。
大規模な魔法陣から生まれた黒色の灰が前方に向かって広がっていく。
鬼族は老婆に罵倒しながらその場から離脱し、黒色の灰から逃れた。
あれ程の戦闘能力を誇る存在が逃げに徹する魔法とは一体どんな力があるのだろうか?
黒色の灰が起き上がろうとしていたモンスターの体を覆うと、モンスターの体が激しく痙攣を始めた。
「これは何の魔法だ?」
「毒を生み出す魔法さね。素晴らしい出来じゃろう?」
モンスターの体に様々な色の斑点が浮かび上がっていく。
ビクビクと体を震わせながら苦しむ様は、モンスターながら同情を感じるほど呆気ない終わり方だった。
「こんな症状は見たことないな」
「そりゃそうじゃろう。これはわしが生涯をかけて生み出した至高の一品だからのう」
老婆が自慢げに答える。
上機嫌な老婆とは反対に、戦闘の停止を余儀なくされた鬼族の苛立ち混じりの声がこちらに届く。
「手助けされたみたいで気分悪いんだけど?」
「客人がいたから仕方ないではないか。普段であれば任せとったよ。それにお主があれ程弱らせたから毒が届いたんじゃ」
老婆の言葉に舌打ちだけ返すと、鬼族は俺の方へ視線を送る。
鬼族は俺の姿をじっと眺めると。
「その様子だと身体強化だけでは見えなかったってことでいい?」
「何が言いたい?」
鬼族の言葉に思わず殺気が漏れる。
俺の反応を見た鬼族は、こちらに向かってゆっくりと左手を差し出した。
「手を握りなさい」
「お前さんこの状況で何を……」
「いいから早くしなさい」
老婆の言葉を遮って鬼族は俺の左手を持ち上げると、自身の左手で握り込んだ。
鬼族の目的がわからず眉を寄せる。
右手に構えている聖剣で反撃に出るべきか迷っていると、鬼族が握った左手に力を込め始めた。
「今の状態で私とあんたの力の差はほぼ同じ。いや……ややあんたの方が強いわね」
「俺の力だけではないがな」
鬼族の評価にそう吐き捨てる。
鬼族はクスリと笑い、右手で俺の頭を撫で回した。
「私の力は身体強化だけよ。そう考えると私の方が上ってことかもね」
「喧嘩を売ってるなら今すぐ買うぞ? 何なら金を払ってやってもいい」
「回りくどい言い方をするでない。お主も聖剣を下げろ」
たまらず老婆が仲裁に入るが、鬼族はそれを無視して話を続けた。
「私と貴方の間に種族的な力の差があるのは事実。だけどそれはその力を超えるものではない」
鬼族が聖剣を指差す。
その隣で老婆は頭を抱えていた。
そんな鬼族の指摘を受けて、俺は反論することはできなかった。
「……俺には過ぎた力だってことは自覚している」
仮にこの鬼族が聖剣を持てば、俺とは非にならないくらいの力を手にするだろう。
伝説の最強種族の名に相応しい戦いぶりを見た上で、言い訳を重ねることなど俺にはできない。
だが鬼族は求めていた答えではなかったのか、わざとらしくため息を吐くと、指を伸ばして俺の頭を優しく押した。
「お馬鹿さんね。そんなことを言ってるんじゃないわよ。それに選ばれたのであればそれが貴方の実力。与えられた力を卑下する必要はない。私が言いたいのは身体強化の方よ」
「身体強化?」
てっきり借り物の力をダメ出しされているのかと思ったが違うようだ。
鬼族は手を離すと自身の体をアピールするようにポーズを決める。
「その加護の差を埋めているのは身体強化の差の違いよ。貴方の身体強化の力は私と比べると遥かに劣っている」
「身体強化か。だが魔力圧縮はこれが限界で……」
「限界? それで?」
鬼族が不思議そうに首を傾げる。
鬼族の言葉通り、実際に身体強化に差がある事実だ。
「……あるのか? これ以上の強化方法が?」
「答えてあげたいところだけど、それは貴方自身で探りなさいな。私がたどり着いた答えが貴方と同じとは限らないから。ただ私が言えることは、そのままゆったりとしてたら後悔するわよってことだけね」
「おい!」
鬼族の話に老婆が焦ったように声を上げる。
鬼族は「もうこれ以上話さないわよ」と返すと、苦しみ続けるモンスターの方へ振り返った。
モンスターは土下座のような形で苦しんでいる。
もう虫の息のように見えたが、突然狂ったように首を回し、顔をこちらに向けて止まった。
『何で? どうして邪魔するの?』
頭に響く幼子の声。それは先程聞こえてきた声と同一だった。
「鬱陶しいから消せない?」
「魔力の無駄じゃ。諦めろ」
鬼族たちがそんなやりとりをしながら俺を庇うように移動する。
戦士が守られるような構図はあまり気分がいいものではないが、元々あのモンスターは鬼族の獲物である。
弱った獲物を掠め取る趣味は持ち合わせていない。
モンスターは何で? どうして? を繰り返す。
それに怒った鬼族が飛び込んで行こうとしているのを老婆が止めていた。
モンスターは癇癪をこねている子供のように不満をあらわにして……。
『だって、だって……それは私のものでしょう?』
轟音が鳴り響く。
モンスターのいた位置には鬼族が立っており、足元には頭の潰れたモンスター転がっていた。
消失していくモンスターに目を向けることなく、鬼族は黒色の灰の中から離脱する。
「無理をしおってからに……。小僧、悪いがこれで終わりじゃ。余った通行料は次の時につけておくからの」
老婆は俺にそう告げると、モンスターと同じ斑点ができ始めた鬼族に駆け寄っていく。
鬼族は体の変化に狼狽えることなく俺に手を振ると。
「坊や、精々強くありなさい」
どこか優しいな声でそう告げた。
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