232話 薬屋の言葉
「さっきの話を詳しく説明してくれ。魔力回復ポーションでは意味がないのか?」
「だからそう言ってるじゃろ? 若そうなのに耳まで遠いとは嘆かわしいのう……」
キセルを使って煙草を吸い始めた老婆が、どうでもよさそうに答える。
これは以前に理沙から教えられた情報だが、ダンジョンショップの店員は嘘を言うことがないらしい。
宝石のリソースが足りれば聞かれた問いに答えてくれるし、足りないのであればそもそも返答が返ってくることはない。
だからこそ問題だった。
「さっきのあんたの言葉が気になるんだが、ヒーラーが倒れたのは俺に原因があるってことか?」
「それは答えられん」
老婆が吐き出した煙で輪っかを作りだしながら答える。
……リソースが足りないか。それなら聞き方を変えることにした。
「答えれる内容でいい。俺の――」
「……お主については何も答えられんよ」
勇者としての力が悪さをしている可能性があるのかと聞こうとしたところ、俺の言葉を遮るようにして老婆が告げた。
「宝石が足りないのか?」
「……権限がないんじゃ」
「権限? それはどういう――」
申し訳なさを滲ませる老婆の声色に首を傾げる。
これならば答えられないと返された方がまだマシだった。
老婆に聞き返そうと口を開いた時、地面が大きく揺れる。
「……もう終わりなのか?」
老婆に会って数分しかたっておらず、まだ何も購入していないので時間切れということはないだろう。
考えられるのは迷惑客として排除されるか、老婆の返答がリソースを大幅に消費するものだったか……。
だが老婆は驚愕した表情を浮かべていた。
「何じゃこれは! フロアの構築が不安定になるなんぞあり得るはずが……」
『みーつけた』
室内に幼子のような声が響き渡る。
それと同時に老婆の元へ何かが飛び込んできた。
「案内人……か?」
確証が得られなかったのは、老婆の足元に転がっているのが四肢をもがれている肉塊だったから……。
断面から血液は出ておらず人形のようだが、ぼろぼろになっている防具は案内人が装着していたものと同じだった。
「……馬鹿な。まさか封が解かれたのか?」
動揺している老婆の言葉が虚空に消える。
五感強化を使って索敵すると、階段を上がってくる誰かの足音をとらえた。
「気味の悪いモンスターだ」
現れた異形の存在に思わず吐き捨てる。
俺の倍以上はあろうかというほどの巨体に、ツギハギだらけの醜悪な顔。
右腕には大斧が、左腕には大剣が融合しており、頭のいかれた闇魔術師が生み出したかのようなモンスターだった。
「まだ何も浄化できておらんのだぞ。こんなことになるならば……」
「なあ、俺にもわかるように話してくれないか? あいつは敵だろ? 殺していいんだよな?」
「それは……」
「くたばれオラァッ! ……っと失礼、乙女にあるまじき声をあげちゃったわ〜」
言い淀む老婆に気を取られていると、乱入してきたモンスターの体が突然吹き飛んだ。
モンスターの巨体が老婆の小屋をぶち抜いて飛ばされていく。
モンスターに攻撃を仕掛けたであろう鬼族は、取り繕うように怪しげなポーズをこちらに決めると、俺たちの方へ近寄ってくる。
「無事だったんじゃな」
「私のところへは繋がってなかったからね。まあ例え繋がってたとしても、どっかの誰かさんみたいに不意打ちでやられるヘマはしないけど」
どこか棘のある言い方で鬼族は答えると老婆にデコピンを放つ。
「いだっ! 何するんじゃいお主! この急場に……」
「落ち着きなさいって。封は解かれてない。今回のはただ眷属を目印目掛けて放り込んできただけよ」
鬼族の説明に老婆が目を大きく開いて俺を見る。
その説明で老婆は理解できたらしい。
これは俺が何かミスをしたということなのだろうか?
「そうか……それなら納得できる。だが今一度結界を強化せねば……」
「俺にもわかるように説明してもらってもいいか?」
「だーめ。貴方には知る必要のないことよ。それにこれ以上説明している時間なんてないわ」
「小僧は少しばかり下がっていておれ。あやつはわしらが始末する」
老婆が右手を横に出すと、魔法陣が形成され杖が召喚される。
その横で鬼族が首を鳴らしながらモンスターの元へと歩いていく。
俺の獲物だと要求することもできるが……今回はいいか。
伝説の鬼族の戦いなんて、なかなか見れるものじゃない。
「……さて、何発殴れば死ぬのかしらね」
「無理そうならわしが殺すぞ」
「脆弱な人間のくせに、誰に向かってもの言ってんのよ」
魔力を練り上げて視力を強化する。
聖剣のブーストを除いて全力の強化だったのだが、鬼族の動きは目で追えるものではなかった。




