231話 ダンジョンショップへ
テンドルスフィア(名前だけ事前に教えてもらった)は四方八方に無数の触手を伸ばす。
触手は伸び縮みできるようで、地面に落ちてある武器を拾い上げた。
テンドルスフィアの前長は三メートル弱、触手を伸ばした時に中を覗けたが、胴体のようなものはついていないようだ。
伸ばした触手の隙間から確認できた見覚えのある魔石にため息をはく。
「……よりによって吸精種か」
うんざりする俺に向かって、テンドロスフィアは武器を持った触手で攻撃を開始した。
鞭のようにしなる触手を使っての波状攻撃。
刺々しい形をしたハンマーが、シンプルな作りをした槍が、身幅の細いレイピアがレオを討ち倒さんと迫ってくる。
技の駆け引きなど関係ないとばかりの手数の暴力。
レオは足元に落ちてあった大剣を蹴り上げると。
「ごっこ遊びがしたいのならよそでやってくれ」
全ての攻撃を防ぎきった。
触手が握っていた武器は遥か遠くに飛んでいき、外壁に突き刺さる。
時間を置いてレオに攻撃した触手の先端がポトリと落ちた。
【カッケー】
【手の動き見えないって。もっとゆっくりで頼むわ】
【スロー再生しろ定期】
【もっとご褒美が必要です勇者様。素手で戦うとかどうでしょうか?】
切りつけた触手はたちどころに萎びていき、ずるりと本体から抜け落ちる。
どうやら一本一本の生命力は大したことないようだ。
触手の不規則な軌道も、傭兵仲間の鞭使いであるアスティとの訓練と比べれば児戯に等しい。
魔力を込めた大剣で切り払い、触手の数を減らしていく。
最近では鍛錬のために聖剣以外の武器を使うことも増えた。
鍛錬のためにわざわざ自分を苦境おくなんて、エアリアルでは考えられなかったことである。
それもこれも危険のない平和な日常が原因――鼻腔をくすぐる良い香りに困惑する。
匂いの出所に目をやると、萎びた触手が松明の炎で炙られていた。
攻撃を迎撃から受け流しに切り替える。
【どうした? 弱すぎて素手でやるとか言わないよな?】
【落ちてる武器で触手切れるんだ】
【そのうち木の枝とかで戦ってそう】
【素手で戦う時は触手の体液で汚れるから服脱ぐの推奨。無味無臭で臭いはないけど服脱ぐの推奨。上半身だけでいいんです】
【最後願望出てるぞ】
【体液に触れたら魔力吸われるのにわざわざ素手で戦わないっしょ】
そろそろとどめをさそうかなといったところでこの香り……。
「まさかお前……美味しいのか?」
震える声で問いかける。
良い香りを放っている触手を回収。
大剣を突き刺して食器代わりして……一口齧れば。
「美味い!」
本体から離れたことで強度が格段に落ちているようで、食感は白身魚のようでとても食べやすい。
味は以前食べた蟹に近く。モンスターの肉特有の強烈な旨みも有している。
【こいつ攻撃避けながら何してん?】
【ダンジョンはレストランじゃねえぞ】
【落ちた触手食べる人初めて見た】
【普通は先にモンスター倒すから触手が残ることなんてないもんね】
【これはこれでアリ】
しばらく味を楽しんだ後、本体を討伐したのだが、食事で得た満腹感は変化することはなかった。
食べたことによって吸収されるものがあるのか、ただの錯覚なのかわからないが、もしかしたら以前豚のモンスターで試した殺さずの解体にも何かしら効果があるのかもしれない。
そしてこれで四十五階層突破になり、残り五階層進めば五十階層までのワープが可能になるが……。
「今日はこの辺にする。だから配信を切るぞ」
『いいの? こっちに変な気は使わなくてもいいわよ』
好きに探索してくれていいという理沙の言葉に首を横に振ると、ダンジョンカメラの電源を落として回収する。
そして次の階層へと進む扉の横に出現した水晶のベルに、今回の探索で入手した宝石を流し入れて、ダンジョンショップへと移動した。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「薬屋に会いたい」
決まり文句で問いかけてくる案内人に答えると、洞穴が変化して薬屋までの道が出来る。
案内人に着いてくる必要はないとだけ告げると、一人で階段を進み初めた。
階段を上り終えると、一面に広がる田んぼの中心に以前見た小屋がちょこんと建っていた。
俺の存在に気がついた老婆は、木造の小さな椅子からゆっくりと立ち上がり、こちらに歩いてくる。
近くに建っていた女装鬼族の建物はどこにもなく、どうやらあの時の老婆は本当に案内人からのサービスだったらしい。
そして今回は他のサービスはなくなっているようだ。
店員に戦いを挑む要注意人物として警戒された可能性はない……とは言いきれないが、野盗のように金目当てで襲撃するわけではないので安心してほしいと切に願う。
「今日は何しにきたんだい?」
「回復薬を売ってほしい。仲間が俺を治療して倒れてしまったんだ」
「……治療? あんたをかい?」
訝しげな顔で聞き返す老婆。
何がそんなに問題なのだろうか?
「そうだが、魔力回復薬のポーションを売っていると聞いたぞ。もしかして宝石が足りなかったのか?」
事前に調べた結果では、宝石が五個あれば中級の魔力回復薬(市販で売っている最上級のものより性能がいい)程度は入手できたはずだ。
値上がりしたのか、足元を見られているのか……。
「あんたを治療して倒れたのなら、回復薬を飲んでも無駄さね。放っておけばそのうち良くなるよ」
老婆はそう言うと、話は終わりとばかりに俺に背を向け、再び小さな椅子に腰を下ろした。




