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異世界勇者は常識知らず〜魔王を討伐した勇者が、地球で魔王とダンジョン配信始めました  作者: 冬狐あかつき


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227話 心境の変化


 東京のとある商店街の入り口で、不恰好な熊の着ぐるみを着た男が子供に風船を配っていた。


「てめえ! さっき貰っただろ! もう一つ欲しいじゃねえんだよ! これだからガキは嫌いなんだ」


 貰った風船を親に渡しておかわりを貰いにくる少年を冷たくあしらいながら、着ぐるみを着た男は電柱に向かって歩いていき背中を預ける。

 着ぐるみ男は手を払って子供を追い払うと、頭を電柱に軽く打ちつけた。


「……この俺様に仕事を預けておいて、良いご身分だな」


 小声で呟くように放たれた着ぐるみ男の言葉は、誰の耳にも届かない、はずだった。


「……今日は助かったよ」


 誰もいないはずの電柱の裏から、男の声が返ってくる。

 第三者が近くにいれば、誰もいないはずの場所から声が届く心霊現象として騒ぎになるだろうが、着ぐるみ男の威圧を恐れて、近くには誰もいない。

 着ぐるみ男は相手が誰か知っていたかのような反応で舌打ちを放つと。


「お節介な野郎だ。お前が出張ったって面倒ごとを背負いこむだけだろ」


 自覚があったのか、背後から返答はなかった。

 着ぐるみ男は鼻を鳴らして言葉を続ける。


「お前が何かしようがしまいが、人の世は続いていくんだ。お前さんの英雄がどうなったとしてもな……」


「自己満足だとしても止める気はないよ。それが僕の贖罪だから」


「贖罪、ねえ……」


 はっきりと告げられた言葉に、着ぐるみ男が不満げに漏らす。

 すると姿を消している男は慌てたように話を変えた。


「それよりもあなたはどうするんだ? 彼とは知己の中なのだろう?」


「どうするって何が?」


 遠くの方から手を振る子供に中指を立てながら、着ぐるみ男が質問を返す。


「顔を合わすつもりはないかって聞いているんだ。とぼけるんじゃないよ」


「俺をお前程度の存在と一緒にするな。俺があいつに真実を告げたら、それこそ世界は終わるだろうさ。お前程度の干渉であのレベルなんだ。わかってて聞いてるなら趣味が悪いぞ」


「……ごめん」


「お前が心配なのもわかるが、もう一度自覚しておけ。過度な干渉は取り返しのつかないことになるぞ」


 少しの沈黙。

 がさりと聞こえた音に着ぐるみ男が視線を落とすと、足元に札束の山が二つ置かれていた。


「……今回の報酬だ。できるだけあなたに迷惑がかからないようにするから――」


「雑魚が強がってんじゃねえよ。お前一人で全てをこなすつもりか?」


 それは……と言葉に詰まる男の声に、着ぐるみ男は呆れたようにため息を吐く。


「僕の行動で新しい犠牲者は出させない。だから周りを巻き込むつもりはないよ」


 覚悟を決めた男の言葉に、着ぐるみ男は手に持っていた風船を一つ割ると、高速で手を動かして、中に入っていた紙を掴んで背後に向かって投げた。


「緊急用の連絡先だ。必要ならそれで連絡してこい」


「……いいんですか?」


「勘違いすんなよ。ちゃんと報酬を支払うこと、それが条件だ。タダ働きさせようってんなら、ケツを蹴り上げてやるからな」


 着ぐるみ男の不器用な優しさに、背後の男はクスリと笑い声を漏らす。

 恥ずかしくなったのか、着ぐるみ男はどっか行けと言わんばかりに後ろに石ころを投げつける。


「危ないなあ、もう……。でもありがとうございます」


「話が終わったなら失せろ馬鹿弟子。報酬は耳揃えて用意しておけよ。《《傭兵》》はそこらへん厳しいんだ」


「元、でしょ? わかりました。これで失礼します」


「ああ、一つ聞き忘れてた。こっちの自分はどうだった? 会場にいたんだろ。お前の下手くそな芝居はバレなかったのかマスターさんよ?」


 着ぐるみ男の意地悪な質問に、返されたのは言葉ではなく、爪ほどの大きさの石ころだった。

 

 


――――――――――――――

 

 春と柚木が与えられた仕事場の一室で密談していた。


「この前の話は全て白紙に戻す。代表には私が謝罪するよ」


「うむ。懸命な判断である」


 柚木の言葉を受けて、春は大仰に腕を組んで頷いてみせる。

 柚木は額に青筋を浮かべながらも、自らの失態ゆえにグッと我慢して話を続けた。


「我々にあの男を制御することはできないだろう。下手に抱え込んだら内海家に牙を向く可能性もありうる」


 内海家の護衛代表として、もしもの時に勇者を排除できる可能性を探っていた二人。

 脳裏に浮かぶ勇者の力と性格は、戦いを見ていた柚木の心に深い恐怖を残した。


「あの力が敵対する企業に回れば諦めるしかないが、下手に手を出して逆鱗に触れるよりはマシだろう。仮に仲間を人質にとったとしても首輪はつけられまい」


「柚木最低」


「もしもの話をしたんだ私は……。お前もそう感じているんだろ?」


 勇者はいつ暴発するかわからない拳銃と同じだ。

 常人には理解できない芯を持ち、その銃口がこちらに向かないとも限らない。


 言葉を受けた春は、机の上に置かれた饅頭を口に放り込む。


「……多分悪い奴じゃないよ、あいつ」


「そんなこと聞いたわけじゃないんだが」


 そう言いながらも柚木も春の考えに同意しているようで、苦笑いを浮かべている。


「今回の件はどうなる感じ?」


「人心を操る魔法に、街中に現れたモンスター。わからないことが多すぎる。ギルドも公には発表するつもりはないだろうな……」


 こんな情報を流せばギルドの失墜を願っているダンジョン党や、企業が黙っているはずがなく、あの手この手で足を引っ張ろうとしてくるだろう。

 これでもしダンジョンの管理がダンジョン党に渡ってしまったら……。

 無能どもに国を滅ぼされるわけにはいかず、今はギルドと団結して行動する必要がある。


「じゃあ、あたし達は強くなんなきゃいけないわけだ」


 乱入者に気絶させられた春は、悔しそうに拳を握りながら柚木の目を真っ直ぐに見る。

 謎の部外者に気絶させられたことが相当こたえたのか、今日の朝一で彼女は内海家が所有する訓練室の予約をびっしりと入れていた。

だがそれは同じ部外者にやられた柚木も同じ気持ちなのだが……。




 話が終わり一人になった部屋で柚木は椅子に背中を預けた。

 

 意識を取り戻した人たちが一斉に思い出した乱入者の存在。

 催眠の魔法を扱う存在が死亡したのは確認したが、他にいないとは限らない。


「私も鍛え直しだな。暴走するから使えないなどといつまでも言ってられん」


 柚木はそう呟きながらパソコンを立ち上げ自身の仕事の予定表に目を向ける。


「あれ? この日は休みだったはずだが……」


 日付を埋める出勤日の数に首を傾げる。

 俯瞰(ふかん)して眺めると、代わりに増えた部下の休日が目に止まった……。


 少し固まった後、仕事を押し付けて逃げていった部下を詰問(きつもん)するべく、柚木は電話に手を伸ばした。

 

 

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