219話 第一護衛の力
樹はギルドの内外の交渉役の役割を担っている。
協力会社の情報は逐一更新されており、上役を護衛している魔法使いの能力は全て頭に入っていると自負していた。
この場に集まった護衛の中に対象を隔離する能力の持ち主は一人だけ存在するが……。
「黒峰さん、私の魔法ではありません。恐らくは何かしらの魔道具の力でしょうが」
「少なくとも僕は知らない。あれ程の効果の魔道具なら情報が共有されるはずだから、ギルドも入手したことのない代物だろう」
ダンジョン配信の義務がない下層のドロップ品は、金に困った無法者によって裏に流されることがある。
ギルドとしても全てのドロップアイテムを把握しているわけではないが、それでもギルドがどの企業や国よりもダンジョンの情報に精通しているのは変わりない。
最初に魔法の仕業だと疑ったのは単純に対象を隔離して無力化する、なんて力の魔道具が存在しなかったから。
それほどの魔道具を用意できる存在が相手だと考えると、樹は顔が強張るのを抑えられなかった。
「黒峰さん、お嬢様をお願いできますか?」
「信じてくれるのかい?」
樹は伊藤が攻勢に出るのだと気づいて聞き返した。
伊藤が拘束された雇い主から離れなかったのは、樹やレオの存在を完全に味方だと断定していなかったからだ。
伊藤が本調子ではないのも嘘ではないとは思うが、それだけで部下に負担を強いるほど薄情な男ではない。
「どのみち彼らの暴走が収まらないと隔離しても無駄でしょう。黒峰さんはお嬢様の守護を頼みます」
樹は春の魔法で創り出した石造物の外側を覆うように障壁で補強する。
催眠解除の効果を持つ結界は同時に使用することができず、優先順位として伊藤が相手をする護衛に使った方がいいと思っての行動だった。
元々暴走状態だった伊藤はまだしも、同じ催眠を受けていると思われる海斗は苦しんではいるが意識を保っている。
精神安定の力を加えた分、強度が下がってしまっている樹の結界は、閉じ込めたとしても中から破られることになるだろう。
だから閉じ込めた後、中から反撃できないほどに弱らせる必要があった。
伊藤は樹の判断に静かに頷くと、眼鏡を胸ポケットに収め護衛たちの元へと駆け出した。
残る護衛は三人。
他の護衛はかなえから遠ざけるように戦っていた春が、辛うじて気絶までもっていくことに成功した。
サボり草のある部下の仕事に、伊藤は心からの賞賛を送る。
「これはボーナスを弾まないといけないな」
「これ以上罪を重ねるな。大人しく拘束されるんだ」
「それはできない相談だ」
伊藤は炎蛇の中に取り込まれながら移動している紅谷に影を伸ばすが、炎蛇から発せられる光によって影を薄められる。
相手も伊藤の力を知る者。対策は万全であった。
普段の伊藤であれば一度距離をおいてじっくりと攻めていただろうが、恩人の娘にちょっかいを出され、小生意気な部下に危害を加えられたことにより、彼は今、ブチギレていた。
自らの右腕に影を覆わせ、燃えること構わずに右腕を炎蛇に突っ込む。
「なっ! ぐっ……」
「捕まえた」
力ずくで紅谷を引き摺り出すと、伊藤の魔法が発動した。
彼が扱う魔法は影魔法と呼ばれており、多用しているのは対象の存在を自身が生み出す空間に閉じ込めることができる能力だ。
閉じ込めた相手がかなえのような護衛対象なら、即席の安全地帯に避難させることになり、敵対者であれば伊藤が創り出した影の軍勢が相手をする。
自分の影と相手の影を繋げることで魔法の発動が可能になるが、炎蛇が生み出す光の副産物は彼の力を阻害してしまう。
だから彼を光源から引き離す必要があった。
「後二人程度なら足りるな」
「待て! 待ってくれ。俺は雇い主の命令だったんだ。あんたと本気でやり合うつもりはねえよ」
伊藤がこんな強攻策に出るとは思っていなかったのか、残る護衛は慌てたように弁明を始める。
本意ではなかったと二人で語りかけるが、伊藤の冷たい視線を見ると諦めたように肩を落とす――ふりをして不意打ちで魔法を放った。
伊藤は急所は避けつつも魔法をその身に受ける。
氷の礫が脇腹に、槍のような形状をした木が彼の手の平を貫通したが。
「これで終わりだ」
彼の影は護衛たちの影を捕らえていた。
伊藤の魔法を阻害する者はすでに処理してある。
まだ何か言い訳を重ねようとしている護衛たちを無視して、残る二人も影の世界に送りこむ。
「黒峰さん。後で三人の催眠を解除出来ますか?」
「大丈夫だ」
樹は伊藤の質問に答えつつも、視線はもう別にあった。
身体強化をして戦っているレオと、同じく高速戦闘で立ち回っている乱入者。
樹の理解の外にある彼らの攻防は、援護できるとかそんな問題ですらなく、瞬きを忘れるほどの光景であった。




