218話 二人の乱入者
樹は自身の息子の兇行に頭の中が真っ白になるほどのショックを受けた。
かつて息子が言っていた勇者への闇討ち、それを実行に移したのではないかと……。
呆然と固まる樹に、レオが声をかける。
「──樹! おい樹!」
「済まない、これは……どう償えばいいのか」
「償う? いいからとっとと結界で囲め。見るからに正気じゃない」
レオは樹の前に海斗を放り投げると、腹に突き刺さったナイフを引き抜いた。
ねじくれた持ち手のナイフは血のように真っ赤な刃をしており、役目を終えたと言わんばかりにぼろぼろと崩れ去っていく。
被害者であるに関わらず冷静な判断で指示をするレオの言葉を聞いて、樹は己の未熟を恥じた。
聞き取れないほどの音量で何かをずっと呟いている息子を結界で囲む。
結界の力を受けた息子の反応は先程の篠崎以上に酷い反応だった。
まるで猛毒を飲まされたようにのたうち回り、苦しんでいる。
愛する息子の悲痛な叫びを聞きながらも、心を鬼にして結界を維持する。
これが最善手なんだと信じて……。
「やった! やったぞ、何が英雄だ。ふざけやがって。娘の仇だ!」
「――よくやったね。最大の関門はこれで突破か」
服と呼んでもいいのか怪しいほどのぼろぼろなスーツを纏った痩せぎすの男は、狂ったように笑いながら叫び散らしている。
それに答える者が一人。何もない空間から音もなく出てきた老婆が痩せぎすの男の横に降り立った。
年齢にそぐわないピンクのゴスロリ服を着た老婆は、痩せぎすの頭を優しく撫でる。
乱入者の存在により伊藤はかなえの側を離れることができなくなった。
それも樹は理解しているし、乱入者を倒すための戦力として数えてはいない。
二人の乱入者程度、映像で確認した勇者の力で何とかなると、この時ばかりは思っていた……。
勇者の体がぐらりと揺れ、地面に膝をつく。
自分の体を支えるように突き出した右腕は細かく痙攣していた。
「毒……か」
「流石にこれじゃあ死なないか。だけどお楽しみはここからだよ」
老婆の意味深な言葉を示すように、レオの視界に変化が訪れた。
まるで夢の中にいるかのように視界がぐにゃりと歪んで、周囲の景色が波のように揺れ動いている。
全身に蟻走感が広がり、相手との距離もあやふやになっていく中でレオはニヤリと笑ってみせる。
「こんな毒で俺を殺せると思っているのか?」
「それで足りるなんて初めから思っていないよ。だから最後の詰めとしてわしらがいるんだ。お前を生かしておいても何もいいことなんてありゃせん。我らの未来のために死んでくれ」
老婆は右手を横に突き出すと、大きく開かれた扇子が握られていた。
扇子で自分の体をあおぐと彼女の姿は溶けるように消えてゆき――完全に消え去る前に、樹の結界が老婆を捕まえる。
障壁を創り出す青い球体は倍以上、正十二面体で作られた結界は彼が本気で戦う時に使う結界の形である。
半透明の老婆は色を取り戻し、不愉快そうに声を上げる。
「邪魔をしおって。こいつはお前には関係のない存在じゃ。わしらの行動が後でどれほど……」
「婆さん!」
男が必死の形相で注意すると老婆は舌打ちを返した。
「こいつのためにあれが動くわけなかろう? むしろわしらが守られる側じゃろうて」
「婆さんは出会ってないからそう言えるんだ。変なことを話すようなら俺が婆さんを殺す」
「……分かった。これ以上は話さん」
渋々といった表情で老婆が引き下がると、半透明の障壁まで歩いていく。
結界の強度を何度か確かめると……拳を振り抜いて障壁を打ち抜いた。
術者である樹や、その力をよく知る伊藤があまりの光景に息を飲んでいる中、レオだけが老婆の行動を認識していた。
「身体強化だな」
「まだ知覚出来ているのか。やはり致死性の猛毒にした方が良かったんじゃないか?」
「俺は賭けに頼る気はない。あいつを殺すためにずっと耐えてきたんだ。婆さんだってそうだろ?」
「そう……じゃな。これで終わりとするか」
老婆は噛み締めるように呟くと鋭い目でレオを睨む。
久方ぶりに感じる敵意をレオは言い返すこともせずに、無表情で受け止めていた。
老婆と男はその変化に冷や汗が止まらない。
「今だよ! 使いな」
まるで道端の石ころでも相手をしているかのようなレオの態度に、老婆は自身の魔法である催眠の力を駆使して残った護衛に指示を出した。
護衛たちは春に魔法を放ちながら、こっそりと卵型の魔道具を彼女に投げつける。
彼女は回避せずにまともに直撃してしまい……吸い込まれるようにして卵に吸収された。
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