217話 不意打ち
倒れた護衛を邪魔にならないような場所に放り投げると、樹の生み出した結界がその体を受け止めた。
護衛の体は樹が創り出した結界の中に入ると、ふわりと浮き上がりゆっくりと床に降りる。
『気絶した者を人質にとるつもりか! 正体現したな卑怯者め!」
「ナイス田中っち、悪役街道まっしぐらだよ」
「俺は邪魔だから退けようとしただけだ。変な言いがかりはやめてくれ」
親指を立ててからかってくる春に言い返す。
倒れた護衛を放置しておくと、相手の放った魔法の余波で致命傷を負いかねない。
そんな理由での行動だったのだが、相手はそう思わなかったようだ。
「田中くん、手荒にするなとは言わないけど、やるなら一言くらいかけてくれ」
「手荒も何もあれくらいで人は死なないさ。それより残りの奴らも早めに倒してしまおうか」
五人の前衛に攻撃を仕掛けた時に、何の援護射撃もなかったことから相手の力量は何となく分かっている。
京都で出会った悟のように身体強化の力を持っている魔法使いでないと、そもそも動きを目で追うことすら難しいのだろう。
彼らに催眠を施した第三者の存在も残っているので、あまりちんたらやっていられないと残る護衛に視線を送る。
護衛たちは力の差が分かっていないのか、誰一人として逃げる者はいなかった。
「あたしもボーナスのために頑張んないと」
【ルーク起動】
春が先程の動作をなぞるように、馬に乗った騎士の姿をした駒をお腹に押し付けると、彼女の体は美しい装飾を施された鎧を纏った。
彼女は身体強化をしていると思えるほどの速度で護衛の元に駆け寄ると、ガントレットのついた右腕で一番体格がいい青年を殴りつける。
狙われた男は短く口笛を吹く。
すると隣にいた炎で作られた大蛇が男の体を飲み込み、するりと移動して回避した。
春の攻撃は蛇の尻尾を破壊することに成功するが、炎蛇の首元に固定されている男にまでは届かない。
『三分耐えろ! キングだけは使わせるな!』
炎蛇に取り込まれている男が声を上げると、他の護衛たちもそれに応じて動きを変える。
太さを増した氷の柱が春の前後左右から襲いかかる。
彼女は動揺することなく左側の氷柱を殴りつけて破壊すると、粉々になった氷柱の残骸に自ら飛び込んで直撃を逃れた。
「性格の悪い魔法。これは矯正が必要」
『あんたを相手するのに正面からやり合うわけねえだろうが』
春のぼやきを受けて、濃紺色の長髪をポニーテールにしている男が反応する。
男の言葉を示すように春が装着する鎧の一部は凍りついていた。
彼女は自らの鎧に拳を叩きつけて、氷を振り払う。
その隙を狙って剃り込み頭の男が雷でできた矢を春の背中に打ち込もうとするが、俺が投げ込んだ石によって弓が手から弾き飛ばされる。
「ナイス田中っち」
春は弓を失った男に突っ込むと鳩尾に肘を叩き込み、さらなる獲物目掛けて動き回る。
見上げるほどの大きさのゴーレムを従える女、水で出来たクラゲを召喚している男、色々な魔法使いがいるが……。
『何よこいつ! まさか勇者のかんけ──グウッ』
『何て速さだ! おい、こいつゆうせ──」
ゴーレムの後頭部で椅子に座るようにしていた女のところまで跳躍して無力化し、消えゆくゴーレムを足場にして呑気に口を開けて眺めていた白スーツの男も抵抗すらさせずに気絶させる。
それにより春から俺へ、警戒する対象が移り変わった時だった。
入り口の扉が突然開く。
警察か会合の関係者か。
経過した時間から考えると後者の可能性が高い。
だが入り口には誰もおらず、受付の姿すら見えなかった。
そうであればとまだ戦意途切れぬ護衛に顔を戻すが……。
「――裁きの時間だ」
守りを固める海斗のところに一人の男が現れる。
魔力の気配もなく、足音すら認識できなかった乱入者は枯れ木のような腕を伸ばすと。
「海斗! そこから離れるんだ!」
樹の結界が海斗の横に立つ、ぼろぼろの服を着た男を閉じ込める。
男の体から漏れ出す魔力はいつぞやのイレギュラーと比べても遥かに上であり、樹の生み出した障壁で防げるか怪しい。
「春!」
「任せた」
いい終わるよりも先に、攻撃の手を止めない護衛たちに向かって春は突撃する。
囮役を買ってくれた彼女に心の中でお礼を送りながら、俺は全力に近い速度で海斗の立つ場所に急いだ。
体ごとぶつかって、海斗の魔道具で張り巡らせた障壁を打ち破り、海斗の体を掴んで退避しようとしたのだが……。
腹部に鋭い痛みが走る。
視線を下げると禍々しい気配を発するナイフが俺の腹に突き刺さっていた。
「何をしているんだ海斗!」
一部始終を見ていた樹が、不意打ちを仕掛けた犯人の名を叫ぶ。
怯えていたはずの海斗は無表情でぶつぶつと何かを呟いていた。




