216話 戦闘開始
殺しはなしとだけ枷がついたが、それ以外は自由に動いていいようで、一人で前に出る。
この会場の大きさは空間拡張の魔道具が使われており、壁の強度もギルドのものより遥かに高い。
なので相手が死なないように手加減した攻撃ならば、そこまで周りの被害を考えずともよいだろう。
「かなえはどうする? 俺が気絶させようか?」
「お嬢様はこちらで無力化するから手を出さないでもらいたい。それとお嬢様を呼ぶ時は、敬称をつけて呼ぶように」
伊藤は俺の呼び方に注意すると、春に合図を送る。
「ラジャー」
彼女は敬礼で返すとかなえのいる場所に手を伸ばした。
【ルーク起動】
春が伸ばした指を鳴らすと先程伊藤を拘束していたものよりも、しっかりとした作りの建物がかなえの体を閉じ込める。
それと同時にかなえの周りに集まっていた黒の軍勢はぴたりと動きを止めた。
「春さん! 魔法を解除してください! 春さんはおかしくなっているんです!」
「倉本がおかしいのはいつものことです。だから少しの間我慢していただきたい。事態を沈静化出来ればいかようにも処分してもらって結構ですから」
「おかしいって言われた。萎えぽよ」
そんな二人のやりとりの背後で樹は海斗にもっと下がるように指示を出す。
魔法が扱えず、まだ身体強化を満足に使えない海斗は足手纏いにしかならない。
本人もそう自覚しているのか素直に樹から離れると、模擬戦で使っていた魔道具で結界を張り巡らせた上で、いつかの騎兵も五体ほど召喚していた。
会場は広く、他の来客や護衛たちと俺たちは二分されている。
俺たちがへまをするようなことがなければ、海斗に攻撃が加えられるようになることはないだろう。
「柚木は後ろで待機しといて。あたしがメインで戦うから」
「何を言っている? そんな真似できるわけがない──」
「……まだ魔法の反動が残ってるっしょ? 合理的な判断ができなければ護衛失格だってネチネチ言ってきたのは柚木だけど」
春の判断に柚木はぐっと言葉を詰まらせる。
彼女の指摘は合っていたのか彼は肩を落とし春に謝罪を送ると、かなえが閉じ込めれている石造物まで移動する。
「これはボーナス期待してもいいのかな? お姉さん頑張っちゃうぞ。そういや聞いてなかったんだけど、田中っちはどうする予定?」
「俺……いや僕か、まあどっちでもいいや。俺は好き勝手やらせてもらう」
「言葉遣いを気にするなんて今更っしょ。それにビビってないってことはそれなりの修羅場は潜ってきた感じ? なら二人でどっちが多く無力化できるか勝負しようよ」
人数差があるにも関わらず余裕を見せる春に樹はため息を吐く。
彼女に誰も注意しないのは言っても無駄だと思われているからだろうか?
可哀想に、普段の伊藤の苦労がうかがえる。
俺のように生真面目に生きるのが、どれほど大事なのか再確認した。
「負けても泣きべそかくなよ」
「言うじゃん。なんか向こうの護衛たち、お冠のようだからとっとと終わらせようか」
言うや否や春は相手の護衛たちに向かって駆け出す。
勝負だからと合図を律儀に待っていた俺は、まんまとしてやられる結果になってしまった。
『舐めやがって。内海家の護衛といえど、この人数差を覆せるわけがないだろ!』
春に向かって放たれる魔法の一斉放射。
氷柱や雷で作られた弓矢、体が炎でできた大蛇が彼女に迫る。
春はその攻撃に対して、何も反応しなかった。
彼女は避けることもせずに足を走らせる。
彼女の体に魔法が触れる瞬間、樹の魔法が空中に展開される。
「ナイス黒ちゃん」
四角形のバリアは護衛たちが放った魔法を防ぎきると消滅する。
彼女は体勢を低くすると更にスピードを上げた。
『近距離戦闘主体の者が前に出ろ! ここで仕留める!』
武器を持っている者が五人前に出てくると、春は新しい駒を取り出して自分のお腹に押し付ける。
そこまで見終わると、俺も祭りに参戦するべく駆け出した。
ダンジョン武具らしき剣を持っている男の鳩尾に掌底を放ち、隣にいるのに反応すらできていない鎖鎌使いをデコピンで弾き飛ばす。
蔦が巻き付いた槍を手にした女の顎をかするように裏拳を繰り出し、水晶でできた瓜二つの武器を持つ双子らしき男には亜空間から取り出した小石を投擲して気絶させる。
死者はゼロ人。完璧な仕事だ。
【ナイトき……え?】
「これで五人撃破だ。残り十人だから後三人倒したら俺の勝ちになるな」
ニヤリと笑って見せると春は足を止めて振り返る。
「黒ちゃん、あたしの推理、間違ってた。これは夢だったんだ」
「言いたいことは分かるけどこれは夢じゃない。言いたいことは分かるけども……」
あれ? 思ってた反応とは違う。
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