212話 売り言葉は安値で買います
「お久しぶりです。かなえ嬢、今日は何用で参ったのですか?」
青髪の青年はかなえよりは年上だろうか。海斗には目もくれず、隣に立つかなえに向かって笑いかけると、小さく手を振る。
「こんにちは、篠崎さん。今日は催しに興味があったのでお邪魔させてもらっただけです」
「そうですか、それは良かった。本日は僕の会社で作った魔道具も色々ご用意しております。宜しかったら一緒に見ていきませんか?」
篠崎の態度は、はたからみたら仲のいい友人を見つけてやってきたように思える。
今まで散々騙されてきた俺が言うのもなんだが、そう感じるほど自然だった。
だが俺は先程、青年と後ろに立つ老人との会話を盗み聞きしてしまっている。
『後でかなえ嬢に挨拶行かないとな。本当面倒くさい。何で僕があんな女に媚び売らなきゃいけないんだよ』
『坊ちゃま、お父上のお言葉ですぞ。あれでも一応内海家の一人娘、利用価値はいくらでもございます』
そんなやりとりの後にこの表情だ。
この豹変ぶりに驚かされるがそれは俺の感覚なだけで、彼らはこんなやり取りが当たり前なのかもしれない。
「良かったら二人で話さないか? 最近あまり話せていなかったろう? それに彼と一緒にいると変な目で見られるかもしれないよ」
それは君の本意ではないだろう? と問いかける篠崎にかなえは眉根を寄せるが、いい返答の仕方が浮かばないのか口籠る。
「行ってきたらいいじゃないか。わざわざここに居座る必要もないし」
「君に聞いたわけじゃないんだけどな。余計な口を挟まないでもらえるかい?」
篠崎は海斗の助言を喜ぶどころか不愉快そうに切り捨てる。
海斗はそれに反抗するどころか、唇を引き結んで黙ってしまった。
盗み聞きで分かったことだが、海斗がこれほどまでに下に見られている理由は、単純に力がないことが原因だ。
凄腕の魔法使いの間に生まれた、魔法の使えない出来損ない。そんな評価も聞こえてくるくらい、魔法が使えないということは舐められる対象らしい。
理沙から聞いた話でも、魔法が使える者たちは選ばれし者として優越感を持つものが少なからずいて、それが権力者であれば更に自尊心が高いのだろうか。
今の海斗の言葉では何を言い返しても響かないだろう。
現状に甘んじるのも良し、強くなって見返すのも良し。
部外者の俺は護衛の依頼をこなして報酬を貰うだけ……。
「弱そうな護衛も連れているし、ギルドの幹部は余程金が無いと見える。こんな奴一人連れてきたって、そこらの野良犬すらも倒せないじゃないか?」
「ちょっと、篠崎さんそんな言い方ないですよ!」
「本当のことだろう? 金が無いのなら融資をしてやるって言っているんだ。勇者の手に入れたダンジョン武具を見返りとするなら、だけどね」
篠崎が鼻を鳴らすと、拳を握りしめて耐えていた海斗が篠崎を睨みつける。
「……お前、黙って聞いてたら──」
「おいお前、誰が弱いって? その顔面ぶち抜いて分からせてやろうか? 鍛えたこともないようなヒョロヒョロな体で適当なこと言いやがって。こいつを馬鹿にするのは勝手だけどな、俺に喧嘩売るってことはやり返される覚悟があるってことだよな?」
篠崎に文句を言おうとした海斗を押し退けて詰め寄る。
間に入った護衛の黒髪長髪の男は、ひと睨みすると固まって動かなくなった。
「面白い。あたしこいつ好きかも」
「静かにしていろ。全く、黒峰さんもとんだ問題児を送り込んだものだ」
後ろでかなえの護衛が何か話しているが、止める気はないようでかなえを連れて離れていく。
海斗のことは正直何言われようがどうでもいいが、こいつの煽りを笑って見過ごしてやるほど俺は人間ができていない。
傭兵は舐められたら終わりである。
それがたとえ変装中であったとしても。
「ちょっと待ってくれ田中さん。何をするつもりなんだよ」
「海斗、お前の拳は何のためについている? 悔しさを抱え込むためか? そうじゃないだろう。こうやって舐め腐った相手を叩きのめして──」
海斗の疑問に丁寧に説明してやれば、さっきまでの怒りは何処へやら、焦ったように俺を止めに入る。
相手の護衛も必死になって篠崎を後ろに下げると、引き攣った表情で問うてくる。
「ほ……本気で言っているのか? この方を誰だと思っているんだ。篠崎コーポレーションの次期社長だぞ」
「そんなの知らん。俺の力を馬鹿にしてきたのはお前だろ? だから証明してやると言っているんだ」
こちとら食料さえあれば一人で生きていけるんだ。
こいつが自慢げに語っていた人工魔道具も、俺には大して必要のない代物。
侮辱されたまま我慢する理由になんてなりはしない。
そんな様子を見兼ねてか、離れた位置で話していた樹が駆け寄ってきた。
「──ストップ! ストップだ田中さん。何があったか分からないが、怒りをおさめてくれ。話は僕が聞こう」
「説明してやるから先に一発殴ってからでいいか? こいつに喧嘩を売られていてな。無料で買い取ってやったところなんだ」
「け、喧嘩なんて売ってない! 野蛮人め! 勝手なことを言うな!」
「売っただろう? この期に及んで嘘をつくんじゃない」
吐いた唾は謝罪なしに、なかったことにはなりはしない。
野蛮人呼ばわりしてくる篠崎に、同調している護衛。
さっきまで怯えて動けなかったのが嘘のように調子に乗っている。
「結局お前も自分では何も出来ない腰抜けなんだな。保護者がいるなら助けを呼ぶといい。ちゃんとキャンキャン鳴いて自分の不満を知らせるんだぞ」
「護衛風情が偉そうに!」
顔を赤くして激昂する次期社長と俺、二人の周りに青の球体が複数飛ぶ。
球体を起点として半透明な障壁が生み出され、俺と篠崎は障壁の壁に囲まれた。
どれほどの強度があるのか気になるが、魔法を行使した相手は依頼主、理由を説明するために大人しくしていると、突然篠崎が泡を吹いて倒れた。




