211話 陰口
「空いてる場所で待ってよう」
海斗は俺にしか聞こえないような声量でぼそりと話すと、こちらの返答を待たずにずんずんと前に進んで行った。
日頃の態度とは裏腹に海斗は俯いて、他の来客と顔を合わせないようにしながら歩いている。
「お前は挨拶しなくて良いのか?」
「……必要ない」
海斗の態度から察するに、あまり関係性が良くはないのだろう。
権力者同士の付き合い方は、下々の民には理解の外だ。
これ以上余計なことは言うまいと、じっと待っていたのだが、向こうはこちらに興味深々のようで、ニヤニヤと笑いながらこちらに視線を送ってくる。
『出来損ないの息子が来てるね。何しに来たのかな?』
『親の七光りのお陰で探索者やれてるだけなのに恥ずかしくないのかな?』
体外に魔力を漏らさないように聴覚を強化して確認してみると、楽しそうに盛り上がってるではないか。
だが明らかに鍛えていないような奴にも煽られているのはどういうことだ?
『あっちに行って楽しい楽しいお話ししてこようかな?』
『やめなよ、無能が移るよ』
『そうそう、無駄な時間を過ごす必要ないって。父上も今日はあいつに近寄るなって言ってたし、放置でいいだろう』
彼らの蔑みの目は収まることはなく、海斗より明らかに幼い子供にすら侮られている始末。
日頃からこうなのであれば仲良くしたくないのも頷ける。
「何か飲むか?」
「いらない。こんな状況で一人で飲んでたら笑われるだけだ」
「一人って、俺もいるが? この中身は何だ、ジュースか?」
海斗は大きくため息を吐くと水だと告げる。
その言葉で興味が薄れた俺は、入り口の方向へ目を向けると、二人の護衛を連れたかなえがこれまた俯きながら入ってきたところだった。
かなえは海斗がいる方へ真っ直ぐ歩いてくると、どこか固い笑顔を見せる。
「ご機嫌よう、黒峰くん。さっきぶりだね」
「似合ってないぞ」
「うるさいな、もう……」
海斗の歯に衣着せぬ感想を聞いて、かなえもどこか安心したように表情を緩める。
『成り金魔法使いも来たよ』
『いつも社交の場から逃げてるのにね』
『後でかなえ嬢に挨拶行かないとな。本当面倒くさい。何で僕があんな女に媚び売らなきゃいけないんだよ』
『坊ちゃま、お父上のお言葉ですぞ。あれでも一応内海家の一人娘、利用価値はいくらでもございます』
どうやらかなえも周囲からの評価はあまり良くないらしい。
かなえの魔法を成り金魔法と揶揄して笑う者、かなえの背後にある力を求めて嫌々交友を深めようとする者、好意的に見る者たちはあまりいないようにも見える。
魔法使いのかなえも駄目なのか。
才能という面では戦闘に使える魔法を授かったかなえも、嘲笑する対象になっているのはよく分からない。
実力のある探索者の息子である海斗とは違い、かなえは豪商の家系。
探索者として名を馳せることがなくても問題ないようにおもえるが……。
「有象無象の視線がウザい。排除する?」
「馬鹿言うな。我らはお嬢様の指示があるまで待機だ」
「私は何も気にしてないので何も指示することはありません」
不愉快そうに告げる春の提案に、伊藤が眉をしかめながら注意する。
伊藤の言葉は逆を返せばかなえからの指示があれば、春の行動を肯定するような言い方だが、あながち間違ってないのだろう。
かなえは苦笑いを浮かべながら二人をたしなめる。
二人からすれば自分の雇い主を馬鹿にされているのだ。不快になるのも分からんでもない。
ましてや二人はかなえの護衛であり、悪意を向けられて警戒するのは当然。
そういえば俺も護衛だったな……。
「お前が望むなら二、三発殴ってこようか?」
「頼むからあんたは大人しくしてくれ。父さんにこれ以上心労をかけたくない」
二人の態度を見習って俺も何か仕事をしようかと提案したのだが、本当にやめてほしそうに断られた。
まあ俺としてはことを荒立てたいと思って発言したわけじゃない。
立っているだけで報酬が貰えるのであれば、何も問題ないしな。
依頼主が我慢すると言うのであれば、大人しくしておこう。
予定の時間が来たところで、入り口の扉の鍵を中から閉めると、一際大きな机の周りに大人たちが集まっていく。
子供たちはそれに合わせて移動する者もいるが、少し大人からは距離を離した上で遠巻きに眺めている。
代表して樹が挨拶をすると、本日の会合の目的──ギルドと関連する企業たちの、新作の魔道具のお披露目会が始まった。
アイテムボックス持ちが自社の魔道具を取り出すと、効果を説明していく。
戦闘用の魔石爆弾を持ち込むような者はいなかったが、それでも探索で使えるような効果を持つ魔道具が多かった。
地面に置いておいてモンスターが踏んづけたら、魔力で作られたトゲが炸裂する地雷型魔道具。
身につけることによって、弱い障壁を張ることができるネックレス。
取り出した魔道具を説明していけば、他の者たちが感心するような声を上げる。
その繰り返しに飽きてきたのか、少し離れた位置に立っていた青髪の少年が、護衛らしき青年と、年配の男を引き連れて歩いてきた。




