208話 会場到着
諸々の準備を終え、用意されたギルドの一室には俺と樹親子、後は鏡花が集まっていた。
俺は丈の長い燕尾服に身を包み、同行する樹親子も高そうなスーツを身に纏っている。
鏡花はというと一人白衣のままだが、彼女はこの会合に同行する予定ではないのであまり関係ない。
「今日はよろしく頼むよ、レオくん。何かあれば私よりも息子の安全を優先してくれ」
ほら、挨拶をしなさいと樹に背中を押され、息子である海斗がよろめきながら前に出る。
海斗は俺と鏡花に視線を送ると、そっぽを向いてしっかり働けよと呟いた。
海斗の頬を掠めるようにしてスプーンが飛ぶ。
海斗は反応すら出来ず、バタンと尻餅をついた。
「よろしくお願いします、だろ? 言い直せ、次は顔面にフォークが突き立つぞ?」
「鏡花ちゃん、私が代わりに謝るからこれで勘弁してくれないか? 息子はシャイでね、あまり正直に言うことが出来ないんだ」
樹はすっと海斗の前に出て謝罪する。
恐らく樹は未然に防ぐことが出来たのであろう。
スプーンが飛来する瞬間、海斗の近くに生まれた緑色の魔力の球体が障壁を作り上げたのだが、ほっといても直撃することはないと悟ったのか、スプーンが障壁に触れる前に障壁は解除された。
中々の行使速度だ。球体を起点として障壁を生み出す魔法か?
興味深く見つめる俺の視線に気がついたのか、「そんなに大したものではない」と笑いながら返すと海斗を立ち上がらせる。
「……よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。護衛依頼は不慣れなとこがあるかもしれないが、依頼金の分くらいは頑張らさせてもらう」
「今のうちに変装もしておこうか。この魔道具も被っておいてくれ」
樹が鞄から、穴が空いていない覆面のようなものを取り出した。
樹の説明によると、変装するための魔道具らしいが、流石にこれを被るのは抵抗がある。
捕らえられた犯罪者のような見た目にならないか心配になったが、鏡花の大丈夫という言葉に意を決して被ってみる。
少し待っていると目と口の部分に合わせるように穴が開き、覆面が肌にピタリと張り付いた。
「どうなったんだ? よくわからん」
「へー、良いじゃん。出来るならもうちょいカッコいい方が良かったけど、あいつの趣味だからな……」
鏡花が机の上に置いてあった手鏡を掲げる。
鏡に映る自分は、別人のような顔つきをしていた。
顔の輪郭は丸くなり、年齢を感じさせる皺が不自然ではない程度に広がっている。
少なくとも四十過ぎの樹よりも上に見える……。
その変化に思わず声を上げた。
「……これは凄いな。まるで別人みたいだ。これはどこかで買えるのか?」
「それは一応、ギルドが作った人工魔道具なんだけど、犯罪に使われる可能性が高いから市販はされてないんだ。有用だから来栖くんのところに行って、盗ん……借りてきただけだから、依頼が終われば魔道具の存在は忘れてくれたら嬉しいな」
樹は悪戯っ子の子供のように自分の犯行を自供しようとするが、寸前のところで誤魔化した。
確かにこの変装で犯罪を犯されたら、犯人を捕まえるのもひと苦労であろう。
逆にこんな性能の魔道具を、一介の探索者の俺に渡したなと思ったが、こいつは一回きりの使い捨てらしく、一度取り外すと再度使うことは出来ないそうだ。
「樹! そろそろ時間だ。精々死なないように引きこもってるんだよ」
「息子がいるのに人聞きの悪い言い方しないで。鏡花ちゃんの仕事が必要ないことを祈ってるよ」
鏡花の不器用な応援に樹は苦笑いで返す。
その言い方に海斗はむっとしたような表情を見せるが、先程の投擲を思い出してか何も反論することはなかった。
後部座席で窓の外を眺めていると、運転席から声がかかる。
「レオさん、着替えは何着ある?」
「こいつと合わせて三着だ。それ以外はない」
樹の質問は俺が着る燕尾服──ミミちゃん人形の変化できる数を聞いてきたものだった。
このミミック人形、昨日になって変化できる数に限りがあることを初めて知った。
三着分の着替えを保存しておけるが、それ以降保存しようとすると記憶順で消えてしまうのだ。
あらかじめ保存した服装を削除するように頼めば、残す服装を調整することが出来るが、あえてこの情報を隠していた鬼族は今度文句を言ってやらなくてはいけない。
……全く、主人の記憶力を見習ってほしいものだ。
俺なんて一週間程度なら、食べたご飯を些細に思い出せるというのに。
「最悪の場合、変装は捨てても構わない。自由に動いてほしい。他のみんなも護衛を増やしているはずだから、ある程度は自分達でなんとか出来る筈だ」
その後は樹の車の中で朝食を食べ終え、目的地であるビルに到着した。




