204話 良い子は真似しないでね
淹れた紅茶が人肌程度の温度になるまで待っていると、部屋の扉がノックされる。
扉が開き、先に入ってきたのは受付の如月だった。
部屋に入ってきた如月はこちらに挨拶を送ると、目が据わり、不機嫌なのを隠そうともしない鏡花を見つけて眉をよせる。
「揉め事は辞めてくださいよ。ほら、鏡花も早く謝って」
「なんでうちが悪いことになってるんだよ! 思わせぶりな言葉を送ったレオが悪い」
「レオさんが女心を擽るような言葉を送れると思っているんですか? だとしたら勘違いです。考えを改めなさい」
「……それもそっか」
如月の援護射撃という名の無差別射撃が放たれる。
鏡花が落ち着いたのはいいのだが、負傷者が一名増える結果となった。
地球に来てから他人と関わることが増え気をつけてはいるが、体に染み付いた汚れは中々落ちることはない。
今でも意識しなければいつでも相手を殺せるように身構えているし、近寄ってくる人間には警戒することあれど、好意的な感情が芽生えることはほとんどない。
そんな俺が女心なんて分かるはずもなく、なけなしの傭兵団の言葉は相手を怒らせるばかり……。
そんなことを考えていると扉の外から声がかかった。
「──如月くん、私も入っていいかな?」
扉の先に視線を伸ばせば、格子柄の灰色のスーツを身に纏った初老の男性が苦笑いを浮かべて立っている。
顔立ちは精悍な顔つきで、右頬のあたりに大きな傷跡が一つ。
体つきは俺としては物足りないが、適度に鍛えられており、現役を引退したとは思えないほど若く見える。
「すいません。どうぞお入りください。問題児の処理をしておりました」
鏡花が何か言い返そうとするが、何も聞こえない。
何度か口を開いてみるがやがて諦め、ギロリと如月を睨みつける。
如月の魔法により無力化された鏡花は、不満を発散させるように俺の紅茶を飲み干した。
止める間もなく一息に流しんだ鏡花は、音を立ててカップを置くと立ち上がる。
そして初老の男と入れ替わるようにして外に出ると、男の背中を軽く叩いた。
「うちは席を外してるから、変なこと言うんじゃないよ」
「分かってるよ。場を設けてくれてありがとう、鏡花ちゃん」
そんなやり取りにギョッとし、慌ててどこかに行こうとしている鏡花に声をかける。
「鏡花は同席しないのか?」
「大丈夫、大丈夫。こいつはあれなところあるけど、口八丁に人を騙すクズじゃないから」
「……酷い言われようだ」
男は少し肩を落としながらも遠ざかる鏡花に手を降り、つかつかとこちらに歩いてくる。
そして右手持っていた紙袋をこちらに差し出すと、ぶるりと体を震わせる。
「……非常に申し訳ないんだが、一度トイレに行ってきてもいいかい? 忘れてた尿意がこみ上げてきたんだ」
「忙しいのは分かりますけど、トイレくらい先に行っといてください。案内した私が恥ずかしいじゃないですか」
如月の注意もなんのその。ごめんごめんと謝罪しながら男は走り去っていく。
ぽかんと口を開ける俺を見て、如月が弁解の言葉を送る。
「すいません。普段はあまりこんな情けない人ではないんですけどね……。その間と言ってはなんですが、そちらのお土産の説明をさせてください」
上の口が閉じられた紙袋を軽く揺すると、中で瓶がぶつかり合う音がする。
如月の説明では中に入っているのは酒とジュースらしい。
「飲んでも良いのか?」
「冷えてませんけど大丈夫ですか? 少しお時間いただければ冷やすことも可能ですが」
喉が渇いていた俺は如月の提案を断って、紙袋を開く。
中には綺麗な色の瓶が五本ほど入っており……どれが酒なのか分からない。
ちらりと如月に視線を向けると、彼女は何も言わずに俺の手元に視線を置いている。
彼女の目を見ながら緑の瓶を持ち上げれば、小さく首を振り、逆にピンクの瓶を持ち上げれば笑みを浮かべて頷く始末。
「聞くが、毒は入ってないよな?」
「毒なんて入ってないです。その……話し合いの前ですので、ジュースにした方が良いかなと……」
ピンクの瓶がジュースですよと如月が教えてくるが、わざわざジュースの方へと誘導してくる彼女の心情がありありと伝わってきた。
……まさか戦士と名乗っておいて酒から逃げるわけないだろうな。
そんな気持ちでいるであろう彼女は、小さなコップを机に置いて、静かに後ろに下がった。
彼女のこの振る舞いは罠であろう。
そんじょそこらの馬鹿は騙せても、俺をあざむこうなどと片腹痛い。
俺は今試されているのだ。
こんな小さなコップに酒を注いだ日には、今後、小物と影で笑われてしまう。
……ならどうすれば良いのか。
あっと言う如月の声を無視して、緑の瓶の蓋を素早く開ける。
数にして三つ。小気味いい音を立てて外れるキャップが地面に落ちると、全ての瓶に口をつけて大きく傾けた。




