202話 物の価値
皿の上で絵を描いているような料理より、紬の作ってくれる何の変哲もないサンドイッチの方が美味しい。
理紗たちに案内されたレストランの料理を頬張りながらそう思った。
「レオ、それは細かく切って食べるのよ。横にソースがあるでしょ?」
「俺はイタチじゃないんだ。こんな小さいステーキ一口で食える」
ため息を吐く理紗に紬は今更だね、と言葉を送る。
左手にスプーン、右手にフォークを持ち食事を進めていると、紬が俺に質問してきた。
「レオさん、本当に良かったの? 咲さんに手伝ってもらった方がダンジョン攻略が楽になるんじゃない?」
「二人には頼みごとをしてるだろ? 無報酬でやってくれるって言ってるし、それで十分だ」
「上位探索者を肉処理に使うなんてレオくらいよ。普通なら戦力として迎え入れるわ」
恩返しがしたいと言ってきた二人は何を言っても引く気はなさそうだったため、俺がスタンピードで回収したモンスターの肉の解体をお願いすることにした。
悟が解体した肉は咲の魔法で冷凍しておく。
そして定期的にギルドの調理室に俺か紬が向かって肉を回収するのだ。
ギルドに追加料金を払う必要こそあったが、鍵付きの保管庫は盗まれる心配もなく今のところ上手くやれている。
「でも契約書なしで良かったの? レオが信用しているなら、私たちはこれ以上何も言わないんだけどさ」
「盗まれるのならそれはそれで構わない。その程度の関係性だったってことだ」
二人が用意していた魔道具の契約書は使わずに解体をしてもらっている。
あえて契約書を使わなかったのは、性能が信用出来なかったわけではなく、魔道具で行動を縛るのが気持ちが悪かったのと、別に裏切られても良かったから……。
エアリアルで旅をしていたころ、敵意を向ける人間よりも厄介だったのは、友好的な雰囲気で近づいてきた奴らだった。
関係の線引きが難しく無碍にもできない。
中途半端な立ち位置にいられるよりかは、モンスターの素材を盗まれて敵対してもらった方が楽だと感じるのは、俺が歪んでしまっているからだろう。
理紗はそれ以上何も言わず、紬は気を取り直すようにボタンを押して店員を呼ぶ。
そうして少しばかり腹を満たしたところで会計の時間がきたのだが……。
「お会計三十五万円になります。何でお支払いされますか?」
「さっ! 三十五万? ……紬、これは詐欺だ。騙されてるぞ」
「大丈夫だから大人しくしてて。今日は僕とりっちゃんで払うから」
理紗が店員とやりとりをしているととんでもない額の請求が聞こえてきた。
三人の食事で三十五万? 俺たちは酒も飲んでないし、そんなに大量の飯を食べたわけではない。
精々俺が何回かステーキをお代わりしたくらいだった。
理紗がそれになんの文句も告げずにカードを差し出しているのを見て、後ろにいた紬に慌てて声をかけるが、金の心配はするなと返され、口に飴玉を放り込まれる。
飴玉は口の中でぱちぱちと音を鳴らし、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がっていく。
食べたことない感触に少し困惑していると、会計を済ませた理紗がこちらに歩み寄ってきた。
「踏み倒すのなら手伝うぞ」
「何言ってるのよ、もう……。さあ、帰るわよ。予定通り明日から私たちは学校だから変なことして捕まらないでよね。それと鏡花さんが話があるって言ってたから寝る前に電話しておいて」
法外な値段を提示してくる店に報復してやろうと、声をかけるが適当に流される。
帰り道、あり得ない金額に憤慨している俺を見て紬が良かったと呟いた。
「やっぱり経験しないと分からない感覚もあるからね。高い出費だったけどりっちゃんの提案に乗って正解だったよ」
「俺に教えてくれるために詐欺をしている店に行ったのか? 口で伝えてくれればいいだろう」
「レオ、あの店は詐欺なんてしてないわよ。それどころかいつも予約でいっぱいの店なんだから」
理紗の言葉に首を傾げる。
量も少ない、値段も高いあの店が人気?
理解できない俺に紬が説明を始める。
どうやらあの店はモンスターの肉を使っているらしい。
モンスターの肉は魔力量の強化に繋がる。
上位の探索者は金に糸目をつけないで通うのだ。
「私たちがいつも食べてるご飯は、あんな値段じゃきかないわよ。下層クラスのモンスターの肉なんて、一頭数億円で取り引きされるレベルだから」
美味しさも段違い、と続ける理紗の言葉に考えを改める。
モンスターの肉はそんなにも高かったのか。
自室に戻って鏡花に連絡をした後、新しく入手した連絡先、悟の携帯にメールをいれて眠りについた。
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東京のとあるホテルの一室で悟が目を覚ます。
室内は電気が消され、外と同じく塗りつぶしたような闇の中で携帯電話が軽妙な音楽を鳴らしていた。
悟がベッドの中から手を伸ばす。
「レオさんからだ……。何かあったのかな?」
「契約書のことではないでしょうか? 仲間の方に注意を受けたのかもしれません」
流石に縛りなしだとあちらも不安でしょうからねと、横で眠っていた咲がこちらに体を寄せてくる。
二人で携帯の画面を覗き込む。
届いたメールの内容は、【にくぬすんだらつぶす】とただこれだけ。
そんなメールが深夜に送られてきた二人は震えて朝方まで眠れなかったそうな……。




