20話 恐れ
「何なんだあいつは?」
ギルドの入り口を見ながら呟く。
てっきり俺の大剣が欲しくて話しかけてきたのかと思ったがそれだけではないようだ。
初対面の人に命を狙われ続ける人生だったが、まだこの世界では勇者の力の仕組みは言っていない。
もしかして他の転生者からあちらの情報が伝わっている? 考えても答えは出ない。
理紗とも知り合いのようだったし彼女と何かあったのだろうか? そこで気がついた。彼は理紗の彼氏ではないのか? 彼からすれば自分の女が他の男と一緒に行動すると言われたんだ。捨てられたと勘違いたのかもしれない。
「やっぱり、りっちゃんに振られたの根に持ってんだね」
「……それだけじゃないわよ。レオ、紬に探索証見せてあげて」
亜空間から取り出した試験証を差し出すと、紬は不思議そうな顔をして受け取った。
紬は資格証に目を落とすと驚きの声を上げる。
「何この特級の条件武器保有って……まさかあの大剣が?」
「そのまさかよ。仮がついているから正式認定ではないにしても噂は広がってるみたいね」
理紗の言葉は本当のようだ。俺を見ながら何やらコソコソと話す集団。さっきの男ほど強引じゃないが、大剣を売ってくれと頼み込んでくる人は両手の指を超えるほど出てきた。
その中には戦士には見えない者もいて、転売目的だろう、と理紗が憎々しげに教えてくれる。
使えない武器を手にしても何も意味がないんじゃないかとも思ったが、聖剣のその美しい造形は、鑑賞用だとしても欲しがる人はいるようだ。
受付でダンジョンカメラを受け取り、俺が転移してきたダンジョンに向かっていると……。
「あの、炎姫ですよね。良かったら今度一緒に……」
「遠慮しとくわ。今のところ知り合い以外でパーティーを組む気はないの」
「なあ聖女。今度俺のところでヒーラーやってくれよ」
「りっちゃんと探索したいからごめんね。それにあなたのところにはヒーラーいるでしょ」
「聖女が入ってくれるならクビにするよ」
道中、理紗と紬が沢山の若い男に声をかけられている。
「二人とも凄い人気なんだな」
「いつもはもっと少ないんだけどね」
「やっぱこれって、りっちゃんの配信予約のせいかな?」
「それもあるけど、私たちがパーティー組むんじゃないかって噂になってるのよ」
理紗が俺を見ながら説明する。
「昨日、男二人と一緒に行動してただろ。それと何の違いがある?」
エアリアルでも、普通の冒険者は前衛と後衛バランス良く分かれて組んでいた記憶がある。
後衛二人の女性陣を守るために前衛の男を入れるのは不思議でもなんでもないと思うが……。
「この世界での前衛は複数人入れることが当たり前なのよ。少しでも魔素酔いを遅らせるためにね」
「魔素酔い? 何で魔素で酔っ払うんだ?」
いちいち魔素に酔ってたら冒険者なんて出来ない。魔物を殺し、自然放出される魔素を取り込んで強化されていくのが冒険者という存在なんだから。
だがそれがこの世界の常識らしい。無知を晒している俺に理沙は説明する。
「昨日の説明は聞いていたでしょ? この世界の人間はまだ魔素に対して完全な耐性を持っていない。魔素があった世界で進化してきたエアリアルとは違うのよ」
「ほえー。本当に異世界から来たんだね」
「だから言ったでしょ、嘘じゃないって。レオの場合その中でも特別な存在だったんだけど、それは今後の探索で慣れてもらうしかないわね」
紬にも俺の事情は説明していると昨日の夜に聞いた。だが紬は半信半疑だったらしい。俺の世界には時々太陽の教会によって勇者召喚が行われていたから異世界人の存在はそこまで珍しくもない。
だけどこちらにいるエアリアルの転生者はそのことを世間に公表しておらず、異世界の存在は未知の領域の話だった。
それにしても魔素酔いか……。
「理沙や紬は大丈夫なのか?」
「魔法型の探索者は戦ってれば自然と発散されるからね。魔素を溜め込んでしまう前衛とは違って連戦が可能だし、強くなりやすいのよ」
「役割としての評価も後衛型の方が高いんだよ。前衛型は一度に倒す魔物の数を調整しないといけないけど、それが出来る人ってほとんどいないの。でもそれは、レオさんには当てはまらない話だとは思うけどね」
理紗と紬の説明を受けて気がついたことがある。
「俺も魔素酔いになったことがあるかもしれん」
少しばかりの気怠さと気持ち悪さ。あの時も魔物と戦っていた時だった。
「……勇者が魔素酔い? 本当に?」
「体のキャパを超えたってことかな? どれだけ魔物を倒したらそうなったの?」
驚きを隠せないでいる理沙と今後の探索のために質問してくる紬。その時の数を振り返ると……。
「……オーガとワイバーンの連合軍二千と歩行型魔物や魔獣一万。後は……」
「──ちょっと待って! レオさん。何の話をしてるの?」
慌てて紬が話を止める。何の話って魔素酔いした時の状況を説明しているだけなんだけどな。
そこで当人の一人である理紗も気がついたようだ。
「もしかしてレオ、その戦いって……」
「最後の戦いだな。後半は結構しんどかった」
「あの数を全滅させておいて元気な方が異常よ。全て倒しきった後はどうだった?」
「一昼夜休んだら楽になった」
「……呆れた。まあでもこれでレオの魔素酔いを心配する必要はないわね」
俺と理紗の話を聞いていた紬が口をはさむ。
「……えっと、冗談じゃないんだよね?」
そうやって聞いてきた紬の目には恐れの色が宿ったのを俺は見逃さなかった。
あちらでは見慣れたこの視線。それがやけに心をざわつかせるのは何故だろうか?
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