197話 仕立て屋
一瞬の浮遊感、初見の二人は不思議そうにきょろきょろと視線を巡らす。
そして無言で背後に立っていた案内人の姿を見つけ、びくりと肩を跳ね上げた。
案内人は以前とは違い、どこか張りついたような不自然な笑みを浮かべゆっくりとお辞儀をする。
『いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?』
「……この前はよくもやってくれたな。人様の獲物を奪っておいて、よくもまあのうのうと俺の前に出れたもんだ」
『質問が分かりかねます。今回のご用件をお答えください』
「ちょっと待ってよレオ。無駄にリソース消費することないから!」
「そうだよ。迷惑料もらったんでしょ? 臍曲げられて外に出されたら、今までの探索が水の泡になるよ」
慌てた様子で二人が俺を止めにくる。
間を入るように理紗が前に入り、紬が後ろから俺を抱きしめる。
俺としてもここでやり合うつもりはなく、今後邪魔されないように牽制をかけるつもりの言葉だったので大人しく引き下がった。
業務的な言葉を繰り返す相手に何を言っても無駄だと思ったこともあり、後は理紗に任せて俺は一旦口をつぐむ。
「……もう何も言わないから離れていいぞ」
「念のためだから。念のため……」
背中に抱きつく紬にそう伝えるが離してくれない。
信用されてないのだろうか、と少し落ち込みながらも理紗に目配せを送った。
だが理紗の視線は案内人とこちらを行ったり来たり。
再度投げかけられた案内人からの問いかけでようやく口を動かし始める。
「……えっと、仕立て屋を紹介してほしいの。移動は可能?」
『勿論ですとも。素材の準備は大丈夫でしょうか?』
「素材は沢山あるわ。細かい注文は出来ないのよね?」
案内人はその言葉に頷く。
理紗の質問は仕立て屋だけではなく、その他の店にも当てはまることだった。
具体的な形状や柄を指定したとしても、あちらの気分で変えられることも多々あるようで、求めているものが出来上がるかは運に左右される。
最近新宿ダンジョンに潜る連中の中に、それは防具なのかと疑うような装備をしている者がちらほらいる。
ダンジョンショップで作られた物の性能の高さは総じて市販のものより高いため、趣味の悪いものを作られてもしばらく使い続けなければならず、難儀しているようだ。
案内人が膝をつき地面を手の甲でノックをする。
すると地面が分かれていき下へと進む階段が現れた。
「ちょっ! 何? 地震?」
「生き埋めになっちゃう!」
ドワーフの時とは違う階段の出現に一瞬身構えるも、すぐに理解してじっと待つ。
だが初見の二人には寝耳に水だったようで、小猿のようにこちらにしがみついてきた。
しばらくすると二人も落ち着いたようで、恥ずかしそうに顔を赤くして俺から離れる。
あまりからかうと怒られそうだったので案内人に目を向けた。
『突き当たりの先に仕立て屋がおります。初回のサービスで薬屋も繋げておりますので宜しかったらそちらもご利用下さい』
案内人はそう言うと俺を見送るように入り口から離れる。
今回はついて来ないのだろうか? 三人で歩き出すもついてくる気配はなく、頭を下げて俺達を見送っている。
「変わった灯りだね。風鈴の中が燃えてるみたい」
「持って帰ったら高そう……って消えたわよ。私のせい?」
「りっちゃんが変なこと考えたからじゃない? 駄目だよ他所のものを盗もうとしたら」
理紗が壁際に浮いている灯りに手を伸ばすが、触れる前に消えてしまった。
理紗を注意した紬は俺にも大人しくしててねと注意してくるが安心してほしい。
さっき二人にバレないようにこっそり亜空間に一つ回収したのだが、取り出すことが出来ずに消えてしまった。
俺としては持って帰れないことが分かっているので、これ以上何かしようとは思わない。
「……全く、理紗には困ったものだな」
いつもと反対に注意される側の理紗は、不満そうにくぐもった声を漏らすのだった。
「階段が終わってる。着いたのかしら?」
「結構近いんだね。お土産とか渡した方がいいのかな?」
呑気な疑問を浮かべている紬は、何故かアイテムボックスから不細工な猫のぬいぐるみを取り出した。
もしやそれをあげるつもりなのか?
紬の善意による行動にあまり強くは言えないが、それを貰って喜んでくれるとは思えない。
理紗も何か言いたげな様子でこちらに視線を送ってくるが、諦めたようにため息を吐いた。
今回用意された場所は真ん中で綺麗に二つに分かれており、雰囲気もガラッと変わっていた。
向かって右側には畑が広がり、木造の古ぼけた家が一軒ぽつんと建っていて、左側は遊牧民が使っている移動式の住居のようなものが見える。
右の木造の建物と比べて、左の住居の大きさは横も高さも規格外に巨大であった。
「とりあえずレオの装備を注文しましょうか? ほらっ誰か出てきたみたい……」
理紗が左側の住居を指差す。
黒の布が巻かれた円錐台の住居の入り口には中が見えぬように極彩色の羽が取り付けられており、のれんをくぐるようにして中から一人の男が姿を現した。
身長は俺より一回りほど大きく、上半身は何も身につけておらず、鍛え抜かれた赤銅色の筋肉があらわになっている。
そして何故か下半身は踊り子のように美しい色合いのスカート履いており、上下でかなり違和感を感じる。
理紗と紬はあんぐりと口を開けて驚いているが、俺はそれどころじゃなかった。
二人を抱えて距離をとる。
「ちょっと! どうしたの?」
「敵対したら駄目なんだよね? レオさん聖剣しまった方がいいよ」
紬の忠告に頷くことは出来ない。
視線を上げると顔全体を覆うように布が巻かれており、頭には半ばから折れた二対の角生えている。
エアリアルでも数々の伝承として語り継がれる存在。
生涯無敗とも噂される鬼族がそこにいた。