193話 第三者
モンスターが全滅するまでそう時間はかからなかった。
脇目もふらず飛び出してくるモンスターは知能が低いのか力量差が分かっておらず、自信満々に飛び掛かってきて絞められる。
流れ作業で倒れていく様は、殺しているはずのこちらが少し不気味に感じられるほどであったが、ダンジョンの中にいるモンスターもあまり逃げたりするものは少なかったな、と深く考えないことにした。
おあつらえ向きに動物型のモンスターしか出現せず属性種のモンスターが多かったため、肉だけではなく魔法の絨毯の強化も期待出来そうだ。
久しぶりにまともな戦闘を終えて、過敏になった感覚がこちらに向かってくる気配をとらえる。
顔を向ければ悟がこちらに手を振りながら駆け寄ってきていた。
「お疲れさん。その様子だと死神倒しちゃった?」
「……そんなところだ」
悟の質問に短く返す。
実際は違うのだが俺自身よく分かっておらず、上手く説明出来そうにもない。
俺の拙い説明で変に勘繰られては困るので公表するかは鏡花あたりに任せておけばいいだろう。
悟は安堵した様子でこちらに瓶を投げ渡す。
蓋を開けて臭いを嗅ぐと、独特の薬品臭に眉をしかめた。
「それ、ダンジョン産の万能回復薬だけど……必要なさそうだな。俺にも分からん怪我してる可能性もあるし、それ貰っておいてくれ」
「いいのか? なら遠慮なくもらっておくが、そっちはどうして戻ってきたんだ?」
悟の説明によると二人は探索者を乗せた車で少し離れた場所にあるギルドに向かったらしい。
二人で中に入るとギルドの中は金閣寺ダンジョンにいた探索者と同じ状況で、無数の人間が転がっていたようだ。
通信機器も何故か使えず、金閣寺ダンジョンを映していたであろう監視カメラも見ることが出来ない状況。
二人で車を走らせて再び移動するか、話していた時、突如監視カメラの映像が復活したらしい。
そこで大量のモンスターと戦う俺を確認して、助太刀として馳せ参じたと……。
悟の説明を咀嚼しながら俺は世間話をしているかのような気軽さで口を開く。
「咲はまだギルドにいるのか?」
「今は他のギルドに連絡して応援を送ってもらっている。回復役の魔法使いは最低限送ってもらわないとどうしようも出来ないからな」
ギルドで眠っている連中全てを車で運ぶのは難儀だろうからそれもそうだろう。
悟の言葉を咀嚼しながら、ゆっくりと魔力を練り上げる。
頭にこびりつく違和感、それが何か知りたくて。
「それでお前は武器も持たずここに来たと……。いささか不用心すぎやしないか?」
「敵が出て来れば取り出すさ。俺はアイテムボックス持ちだ。問題ないよ」
「相棒が壊れて、今日手に入った武器に頼るくらいなのに?」
「何が言いたい? 援護に来たと言っているだろ。俺が邪魔ならそう言えよ」
悟は少し苛立ちを見せながら言い返す。
彼の戦士としての矜持を傷つけてしまったのかもしれないが、俺の言葉は止まらない。
「魔力不足でまともに戦えない仲間を置いて、一人でここに来たとお前は言っているんだな? 恋人が狙われていたのを理解しているのに」
「それは……」
口籠る悟、疑念から確信に変わったところで、俺は最後の一手を仕掛けた。
「服装は変わっていない。声も変わっていない。気配の質もさっきと全く一緒だ。……だがおかしいな、どうしてお前から咲の匂いが消えているんだ?」
五感強化によって離れていった時の咲の香水の匂いは記憶していた。
甘さを感じさせる柔らかな花の香り。
悟はダンジョン武具に着替えたが、その後の触れ合いによりしっかりと咲の香水の匂いが移ってしまっていた。
それがこの短時間で消え去る? 消臭の魔道具によるものかもしれないが、悟の動揺を見逃さない。
だからかまをかけることにした。
「じゃあ最後の質問。……お前は誰だ?」
悟は俯いて答えない。
いつでも攻撃に移れるように意識して待っていると、俯く悟がゆっくりと顔を上げる。
閉じていた目を開くと、悟の瞳の色は真っ赤に染まっていた。
「よりによってバレた理由が匂いですか。人外ここに極まれり、ですね」
「……お前は人か?」
「あなたはどう思いますか?」
悟の声色のまま口調が変わる。
赤い瞳に宿る魔力は異質で、エアリアルで何度か交戦した魔物が持っているものとよく似ていた。
……魔眼持ち、それは精霊が宿った魔物の一部に現れる特徴だ。
その目は魔力を捉えることが可能で、魔法の発生の兆候ですら検知出来る。
それも鍛えることなく生まれつきにだ。
悟は警戒を強める俺を見て笑みをこぼすと、頭を下げる。
「ありがとうございます。貴方のお陰で私の大切な人が救われました」
「何の話だ? お前は咲の知り合いか?」
悟とそっくりの男はその言葉にどこか悲しげな表情を浮かべて首を振る。
「話してあげたいのは山々ですが、どうやら時間切れのようです。私と貴方はここでお別れです」
光が瞬く。
囚われたと感じた頃には遅かった。
魔法が発現したと認識した時にはもうすでに逃げ場はなく、俺の足元に展開された魔法陣。
聖剣を取り出そうとしたその瞬間、悟の姿は消え──いつの間にか俺はトイレに戻ってきてしまっていた。