192話 肉の罪は重い
エアリアルでは勝手に人の獲物を奪う輩には、お仕置きと言う名の甚振りが行使される。
冒険者や探索者、時に家畜の獣より無価値になる職業に身を置いている者は舐められたら終わりなのだ。
身内の傭兵の仲間に腰抜けと烙印を押された者を知っている。
舐められた者は、依頼主から不当に報酬を下げられ、冒険者の真似ごとをして魔物を狩りに行けば、後をつけてきた冒険者に横取りされる。
冒険者の敵は冒険者という格言があるように、憲兵の目の届かない場所に出れば自分の利を守るのは最終的には自分の責務である。
だからこれは獲物を掠め取られた俺が間抜けなだけであるのだが……後に続く報復も甘んじて受けなければならないよな?
「ちょっと待て。なに仕事は終わったみたいな態度とっているんだ?」
背を向け歩き出した案内人の肩を掴む。
魔力で圧縮強化した俺の手は灰褐色の皮で作られた肩当てを破壊し、歩みを強制的に止めさせる。
案内人は木端の精霊のような気配を発しながらも、垂れ流す魔力は不釣り合い。
静謐でいながら海のような膨大な魔力はこちらが冷や汗を感じる程だが、身体強化に関して言えばこちらが一枚上手のようだ。
いくら膨大な魔力と言えども身体強化は己の体の中で展開しないといけない。
魔力の圧縮を重ねている俺と、大量の魔力を垂れ流すように放出しているこいつとでは差が出るのも当たり前。
だが、こいつがただの人間であれば今ごろ肩の骨をへし折っているのだが、そこまでの成果は得られていない。
これは身体強化というよりも、単純な肉体の強度の違いだろう。
さりとて魔に堕ちた者特有の、濁った瘴気は微塵も感じず首を傾げるばかり。
案内人は煩わしそうに振り返り、無言で拳を振り抜いた。
案内人から手を離し半身になって攻撃を躱す。
拳から発生させた衝撃波が辛うじて生を謳歌していた古木にとどめを刺した。
バラバラになって砕けていく音を聞きながら、俺はお返しとばかりに聖剣を振るうが……。
「どういうことだ?」
後ろに逃げた案内人に対して、風の刃を放ったはずだが何も起きなかった。
聖剣の力は代償として俺が持つ魔力を消費して、俺の意志を汲んで発生させる。
発生に十分すぎるほど魔力は込めているし、こちらの不手際ではないと思うが。
……まさか拗ねているのか? よほどあのボロ剣を使ったのが不服だったのかもしれない。
これ程の魔力を持つ相手に聖剣を使わずに戦う……。
相手は徒手空拳のようだし少しやってみたい気もするが、不届き者には全力のお出迎えをしろというのが団長の教え。
自分が誰の獲物を掠め取ったのか体に刻まないと。
『貴方と敵対するつもりはありません。剣を引きなさい』
言葉と同時、案内人から溢れ出た魔力が俺の体に集まり、即席の拘束具を作り上げた。
手が、足が、曲げられないように固定され、それを結ぶように魔力の鎖が巻かれていく。
いつもならば聖剣を使って全てを吹き飛ばすところだが今は頼れない。
「ぐっ……らあっァっっっ!」
ならば力ずくで引きちぎるしかないだろう。
あのまま芋虫のように無様を晒すなんて御免こうむる。
一瞬の抵抗、だがヒビが入った後は早かった。
拘束はガラスが割れるような音を立てて崩壊し、残骸から再構成して伸びてくる魔力の鎖を聖剣で切り捨てる。
力を貸してはくれぬが俺の手元にあることは許してくれている。
壊れることのない名剣はすんなりと切り込みを入れそのまま押し込んで両断する。
断ち切った魔力の鎖は再生することなく崩壊し、根本から消滅していった。
さて次はどう出てくるか。一連の流れをすました目で身終えた案内人は、羽細工をあしらった短いスカートをひるがえすと……一目散に逃げ出した。
「お、おい! ちょっと待て! 今いいところだろうが」
小競り合いは終わり、さあやるぞといったところ。
前菜を出して終わりのコース料理を出してきたような暴挙に声を荒らげる。
理紗たちと食べに行ったレストラン、あれは美味しかったな……。
量もそこそこあって何より美味しい。
もう一度行くのなら五コース分金を払って食べれば……なんてあらぬ方向に考えがとんでしまうのは、きっと魔力の消耗によるものだろう。
戦士が空腹で気を散らすなんてあるわけがない。
ダンジョンに入った案内人を追い立てるようにして突っ込むが、ダンジョンの入り口に突如生まれた魔法陣によって阻まれる。
俺の体は飛び込んだ勢いそのままに逆方向に射出され、ダンジョンの中に入ること叶わない。
……カチンときた。
煮だったように熱くなる頭を諌めることなく再びダンジョンの前まで舞い戻る。
俺を阻んだ者が案内人の魔法なら俺は諦めていたかもしれん。
徐々に消えゆく案内人に文句を投げるような醜態は見せるつもりもないしな。
だがこれは違う。
またしても第三者に邪魔されて許せるほど、俺の懐は大きくはなかった。
視線の先には暗がりに隠れるようにして立っている老婆が一人。
鈍い紫色の大きな帽子と黒のローブ。
ねじくれた杖から発生した魔力の流れは魔法陣に流れ込んでいる。
人を小馬鹿にするのは大概にしろと聖剣を振りかぶれば──
『……迷惑料だよ』
老婆のかすれた低い声と共に杖の先で地面を小突く。
すると出るわ、出るわ、無数のモンスターが生まれてくるではないか。
「俺は大人だからな。多少のおいたくらい許してやる」
十を超えたところで数えるのを止め、手を止めてダンジョンから離れる。
迷惑料と言うのであれば受け取ってやらんこともないし、下手に攻撃を加えてモンスターを減らされたら元も子もない。
寛大な心で、そう寛大な心で許してやると老婆が呆れたような表情を見せる。
やがてモンスターの排出が止まると、中にいる二人の姿も泡末のように消えていく。
そして俺はダンジョンの外に飛び出してくる肉……モンスターの対処にかかった。