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190話 拷問卿

 

 輪廻の輪から外れし魔物。

 それが拷問卿と呼ばれる魔物が恐れられる理由の一つであった。

 拷問卿は魔王の出現によって現れ、討伐されても期間をあけて復活する。


 肉塊が人の姿をかたどったような異様な風貌に、血のように赤い大鎌、その凶悪性は一度存在が確認されれば国をあげて討伐がすすめられるほどのもので、犠牲者の中には転生勇者も含まれている。

 俺も辺境に赴いて討伐したのだが、その時は聖剣を手にしておらず、ぎりぎり勝利を収めた。


 あの時の凄惨な光景は今でも夢に出ることがある。


『余を覚えておるか。それは僥倖』


 死神はフードがついているマントを乱雑に脱ぎ捨てる。

 中から現れた肉体は、エアリアルで出会った時よりも醜悪さを増していた。

 浅黒い大樽のような胴体には無数の人の顔が浮かび上がり、苦悶の表情でこちらを見つめている。


 顔は何かを訴えかけるように口を開閉を繰り返し、その中の一つに見知った顔を見つけて、思わず声が出る。


「……咲か?」


 大樽のような胴体の上側に咲と同じ顔が浮かんでいる。

 咲の顔は絶えず涙を流しており、無表情で中空を見つめていた。

 咲の顔は俺の言葉に反応し、こちらに目を向けるも表情は変わらない。

 以前聞かされた死神の力に、拷問卿の力、二つが結び合った時、俺は死神の元へと駆け出した。


『……もう魔法は構築しておる。無駄じゃよ』


 その言葉通り死神の周囲を覆うように瘴気が生まれ、人の形に変化していく。

 それは先程まで死神……いや拷問卿の体に浮かんでいた人達だった。

 彼らは生気のないうつろな表情で立ち尽くしている。

 纏っている衣服はボロボロで、泥の中に飛び込んだんじゃないかというほど汚れていた。


【晩餐会の時間じゃよ】


 拷問卿の魔力を伴った言葉と共に、召喚された人たちの視線がこちらを向く。

 俺は半ば反射的に聖剣が生み出した風を展開していた。


 直後、一斉に放たれる魔法の集中砲火。

 矢の形をした炎が、氷で作られた鳥が、雷そのものが聖剣が展開する風に当たって──四散する。


『それは魔法か? ……いや違うな、お前はそんな器用な奴ではなかった』


 酷い言われようだが、間違ってないのだから言い返すことも出来ない。

 幸いにも早めに魔法を展開したお陰で、全裸を晒してしまう愚行には至らなかった。

 身体強化で体は守れても、衣服の強度には限界がある。

 戦闘が終わってお縄につくことになったりしたら目も当てられない。


 ……魔法の余波で俺の周辺が酷いことになっているが、取り敢えず気のせいということにして空へと飛び上がる。

 天地逆さまな体勢で大気を踏み締めると、拷問卿目掛けて突っ込んだ。

 拷問卿まであと一歩のところで、ニンマリと笑みを浮かべた咲の顔をした分身が間に入る。


 一緒に殺し切るかどうか、拷問卿の魔法がどんな力を持っているか判断がつかない。

 一旦回避して詰め寄ろうとするが、咲の分身は前衛もかくやの素早さで抱きついてきて……氷柱が一つ出来上がった。


「失態だ、油断した」


『……どっちが化け物か分からんな』


 身体強化で無理やり抜け出した俺を見て、拷問卿は冷ややかな声を送る。

 俺はそのまま咲の体を引っ掴んでダンジョンの方に放り投げるが、彼女は空中で消え拷問卿の近くに戻ってきた。


「これが今世のお前の力か?」


『今世? 何を言っている? 余の力は未来永劫変わることはない』


 どういうことだ? 拷問卿の扱う魔法は出現する代毎に違うと言われている。

 考える暇もなく押し寄せてくる分身に対処していく。

 魔法使いである彼らは、一人前の前衛を遥かに超える速さで動き始める。

 途中途中に打ち込まれる魔法を聖剣で切り払って捌きながら、背後に迫る大鎌の一撃を受け止めた。


 高い金属音が鳴り響く。

 聖剣は無傷だが、大鎌もほとんど傷が入っていない。

 明らかに強度が増している。


 以前の自分なら全てを皆殺しにして拷問卿を仕留めにかかっていただろう。

 一部を除いて周りには俺の死を願う者しかいなかったから……。

 環境が変わればこんなにも俺は……弱くなるのか?


『甘いな、甘すぎるぞ勇者! 不確定要素のためにそんなに縮こまっているとは……。それが余を殺した男の動きなのか?』


 拷問卿の罵倒に唇を噛み締める。

 俺は拷問卿から距離を取ると……聖剣を亜空間に仕舞い込んだ。


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