19話 昨日はお楽しみでしたね
一夜明け、理紗の携帯が奏でる音楽で目が覚める。単純そうで覚えやすいその音はやけに耳に残った。
昨日の夜、理紗はやけにソワソワとしていた。
それもこれも、俺に寝首をかかれると警戒していたのだろうが、俺が外で休むと言っても頑なに首を縦に振ってはくれなかった。
昨日は部屋に備え付けてあったテレビなるもので、絵が動いている(アニメと呼ぶらしい)映像を中心に見ていたのだが、途中で切り替わってしまい、眼鏡をかけた女性が政治のことについて語り出したところで見るのを止めた。
続きが気になり、テレビをつけて見るが、この時間はやっていないようだった。
退室時間も余裕がないようで、宿の朝食は食べずにギルドへと向かう。
ギルドの自動扉を抜けようとした時、後ろから声をかけられる。
「──レオさん。昨日はお楽しみでしたね!」
振り返ると紬が紫のローブを纏って立っていた。あれは昨日、俺があげたものだろうが……お楽しみ? テレビのことを言っているのだろうか?
「なかなか楽しかったぞ。あんなの初体験だったからな」
「ぅえ? まさか本当に? りっちゃんがそんなに手が早いなんて……」
「ちょっと紬何言って──ムグっ!」
紬は詰め寄る理紗の口を抑えると声を抑えて問いかける。
「どう? 大人気の美女を射止めた感想は? 興奮した?」
紬も同じアニメを見ていたのかもしれない。確かにアニメの最後で、一人の女性が一体のモンスターの弓にやられて怪我を負っていたが、創作物の物語で一喜一憂出来るほど俺の心が豊かではない。それに絵の美的感覚は俺には分からないしな……。
「見たこともない動きで少し面白かったが、射止めたところでは何も感じなかったな。初めて見たものだからよく分からなかったのかもしれん」
「……まさかレオさんも初めて? これは熱い! 良かったら詳しい話を──」
口を抑えられていた理紗が紬の手を振り解く。そして顔を真っ赤にしながら声を張り上げた。
「何の話をしてるのよ! それにレオも紛らわしい受け答えしない!」
「嘘はついてないぞ?」
「話が噛み合ってないのよ! 紬に説明するから少しレオは黙ってて!」
紬が連れていかれて話をしている。手持ち無沙汰になった俺はギルドの入り口の横で、通行する人の邪魔にならないように立っていると……。
「もしかして君が噂の……」
入り口に入ろうとしていた黒髪の短髪の男が俺の顔をまじまじと見る。男の防具は適性試験で見たものと同じ作りで出来ており、胸元に魔石を放りこむための出っ張りがついてある。
男の防具の脇腹辺り二つ、足甲にそれぞれ一つ同じような金の装飾が彫刻されており、同じ製作者があつらえた代物のようだ。
黒髪の男は目を細めると俺の肩に手を置いた。
「君が持っていた美しい大剣。あれはいくらで手放すんだ?」
「手放すわけないだろ。馬鹿かお前は?」
俺を商人と勘違いしているのか、身の丈に合わない獲物を持つ小物に見えたのか。
男は馴れ馴れしくこちらに話しかけてくる。
「何だと? お前程度の奴が僕のことを馬鹿にするのも……」
「──ちょっと! 何揉めてるのよ!」
苛つき出した男の言葉を遮るように理紗が走り寄ってくる。
そして何故か俺の皮鎧を掴んで後ろに引き寄せると。
「……絶対に殺しちゃ駄目。殺しちゃ駄目よ。大人しくしてて。大丈夫。相手はみじんこみたいな奴だから」
猛犬に言い聞かせるように俺の耳元で理紗が必死になって伝えてくる。それを見た男はさらに調子に乗り出した。
「女に守られているのか? そんな様子では君の程度が知れるな。それとお久しぶりです、理紗さん。随分と会わないうちに変わってしまったようで……。ヒモを飼うことにした?」
「彼は新しい仲間ですよ。私が勧誘しました」
理紗の言葉に男は眉をひそめる。
「僕の勧誘を断っておいてそんな男に靡いたのか? 君は見る目があると思っていたんだけどな」
「見る目はあるつもりです。今までも、これからも……」
「僕がその男に劣っているとでも? そんな……まあいい。話はこれまでにしよう。その男に嫌気がさしたのならいつでも連絡してよ」
男はこちらに向かってくる警備員を確認すると話を止める。
男は鋭い目で俺を睨みつけながら、ギルドの中に入っていった。
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