188話 ボーナスタイム
爆発によるダメージは見られず、されど死神は逆鱗に攻撃を受けたドラゴンのように慌てふためいていた。
死神は何をそんなに気にしているのだろうか?
ダメージが無いと分かれば攻勢に転じればいい。
死神は空いた手でこちらに指を差すと、しゃがれた声を漏らす。
『……お、お前には用はない。そこの女を寄越せばこのスタンピードは終わる』
「……モンスターが言葉を使った?」
「誰がお前に渡すかよ!」
驚いている咲の前に悟が立ち言い返すが、その声は震えていた。
俺としては最近スタンピードで相手をしたモンスターも意思疎通を取ることができ、さほど驚くことはなかったのだが、やはり言葉を話すモンスターは珍しいことなんだなと再確認する。
悟は大鎌を取り出して、俺に向かって戦うのなら援護すると声をかけるが、咲が待ったをかけた。
「私を連れて行けばスタンピードが終わるとおっしゃいましたよね? それはどういう意味ですか? 私を手に入れるためにスタンピードが発生したんですか?」
『そうだ、お前は選ばれたのよ、余の遊び相手にな……。安心せい、お前の命は奪わないし飽きたら外に返してやる。人間からすればいい取引であろう?』
死神は咲の質問に汚い笑い声を上げて答える。
涎を垂らして興奮している死神が大鎌を振り抜くと、空間に切れ目が発生し、切れ目の先の景色が変わった。
そこは頭蓋骨や人骨が散らばっている趣味の悪い部屋が広がっており、拷問器具のようなものが沢山置かれていた。
それを見た咲の歯がカタカタと音を鳴らし、自分を抱きしめるように腕を回す。
「……六階層」
『そうだ、お前はここに飛び込めばいい。じっくりと時間をかけて可愛がってやるぞ』
辛うじて聞き取れた咲の呟き。
それは死神の拠点とされる階層だったはずだ。
早く入れと急かすモンスターに、咲は目を泳がせて逡巡する。
死神が作り出した入り口はダンジョンの外にあり、ダンジョントラップの力ではない。
あの大鎌の力か死神特有の力なのか定かではないが、空間に作用する魔法はエアリアルでも稀少性が高い力とされていた。
咲を連れて行って何するつもりなのだろうか……。
「咲! 馬鹿なことを考えるなよ。所詮はモンスター、約束を守る保証もない」
「ですが本当なら……」
悟は咲を説得しようとしているが、彼女は迷っているようだった。
彼女を連れて行かないとスタンピードは終わらない。
もしその情報が外部に漏れてしまったら、生贄として切り捨てられる可能性もあり得る。
「咲! 今はいいから逃げてくれ!」
痺れを切らして咲の元に歩いていこうとする死神。
悟は彼女を守ろうと死神に突っ込んでいくが、死神はその三倍はありそうな大鎌を振り払い、悟の鎌を弾き飛ばした。
腕を痛めたのか悟はうめき声を漏らしつつ、再度鎌を取り出して立ち塞がる。
死神はわずらわしそうに大鎌を振り上げると……。
「ちょっと待て」
俺の言葉に死神はぴたりと動きを止める。
「他人の獲物を横取りする趣味はないんだが、咲を連れて行かれると困るんだ」
「……レオさん」
悟が戦うつもりなのであれば手を出すのは野暮というものだが、今日だけは少し我慢してほしい。
なんせ素晴らしい考えを思いついてしまったのだ。
咲は俺の言葉に困惑した様子ではあったが、そそくさと歩いて俺の背後に移動する。
それを悟は複雑な表情で見ていた。
死神は俺を警戒してはいるが、力尽くで排除しようとはしなかった。
『お前に用はないと言ったであろう? あの女さえ我慢すれば丸く収まるのだ。それを何故……』
「だって咲がここに居ればスタンピードは止まらないんだろ? なら尚更お前に渡す必要ないじゃないか」
ギルドの人間が来るまで討伐したモンスターの肉は全て回収出来る。
それなのにみすみすスタンピードを止めるなんて勿体無いことをするはずがない。
新宿ダンジョンの変化で、今は下級のモンスターの素材の値段も高騰しているらしいし、必要無い部位も買い手に困ることはないだろう。
俺は聖剣を取り出して狼狽える死神に開戦の言葉を送る。
「そういうことだから思う存分戦おう。お前の体に毒が無ければいいんだが……。でも安心してくれ、毒が有った時は俺が食べることにするから」
「……なあ、理解出来ないのは俺だけ?」
「大丈夫です。私も何言ってるのか分かりません」
悟は咲と何か話すと、二人で走り去っていく。
これは獲物を横取りするつもりはないという意思表示なのだろう。
俺は二人に感謝の念を送りながら、死神の元に駆け出した。