185話 迷子の勇者
ぬいぐるみを抱えながら彷徨うこと数分。
近くには誰もおらず、面倒になった俺は高い場所から確認しようと身体強化で跳び上がる。
視力を強化しぐるりと周辺を確認すると、見覚えのある女の姿を見つけた。
女は魔法を行使しているらしく、誰かと戦闘をしているらしい。
「……行ってみるか」
あいつは俺の敵ではないと言っていたから、帰り道くらいは教えてくれるだろう。
咲の元に到着して早々声をかけてしまうが、すぐに謝罪する。
咲と男の前には相対するモンスターが五体ほど立っており、横取りしにきたと思われていても仕方ない。
二足歩行のモンスターは獣人のような見た目をしており、咲たちに背を向けて俺に威嚇している。
「すまないな。邪魔したみたいだ。どうぞお構いなく……」
言い切る前に、獣人らしきモンスターが俺の前で大鎌を振りかぶっていた。
振り落とされる大鎌を半身に構えて躱し、反射的に裏拳を放つ。
俺に攻撃を仕掛けたモンスターは、もう一体を巻き込む形で吹き飛んでいき、ピクピクと体を震わせて痙攣している。
「は?」
「……まさかこれ程とは」
男が大口を開けて固まり、咲は倒れたモンスターに視線を向けていた。
二人からすれば俺は、折角の獲物を掠め取っていった迷惑な外野にしか見えないだろう。
俺の行動で勘違いされては困ると思い、咲に弁解する。
「今のはじゃれついてきた相手を撫でたみたいなもんだからな。見てくれ、あいつはまだ死んでないだろ?」
指差す先には顔が潰れ、虫の息のモンスター……。
俺は咳払いを挟むと、モンスターの元まで移動し立ち上がらせる。
「ほら! こんなに元気だ。こいつもまだ戦える。こんな凄い一振りだって……」
「腕が落ちましたが?」
モンスターの武器を握る腕を動かして調子の良さをアピールしようとするが、耐え切れずに肘からポトリと落ちてしまう。
それと同時にモンスターから抵抗する力が無くなった。
「……寿命か。儚いなモンスターの命は」
「貴方に会ったが運の尽き、ということなら寿命ですね」
咲はジト目を向けながら責めてくる。
そして咲と一緒にいる男は、俺ではなく残されたモンスターを警戒しているが、モンスター達は一箇所に集まり、綺麗な建物に視線を送っていた。
ならば先に二人の誤解を解こうと、今しがた天命を全うしたモンスターの体を二人の元に差し出す。
「これはお前らのものだ。さっきのは……そう! 正当防衛というやつだ。攻撃してきたから仕方なかったんだ、分かってほしい。それじゃあ俺は離れてるから……」
「──レオさん! 貴方は今の状況を理解していますか?」
揉め事になっても面倒なので、分け前を要求せずに話を終わらせようとしたが、必死の形相で咲が俺の手を掴む。
今の状況……トイレに入ったらいつの間にか外に移動してしまっていた。
もしかしたらこの現象はこの世界では常識で、咲たちもその被害者なのかもしれない。
その状態でモンスターとの戦闘なら、少し可哀想ではあるか……。
「大丈夫。何となく把握した。これを使うといい」
俺が亜空間から取り出したものを見ると、咲は目をすっと細める。
「……これは何でしょうか?」
「簡易トイレらしいぞ。溜まっていたら満足に戦いにくいだろう?」
「何で簡易トイレ? それにあんたは東京にいるはず──危ない!」
人間松明のような魔法を使っている男が話しかけてくるが、動き出したモンスターに注意を促す。
二体のモンスターがタイミングをずらすようにして俺に攻撃してくるが、その場で動かず大鎌の刃先を横からつまんで受け止めた。
「お前らの相手は俺じゃないだろうに……」
どうにも俺はこのモンスター達に嫌われているらしい。
さっきの不慮の事故が原因かもしれないが、帰り道を聞くまでそっとしておいてほしいところだ。
「……なあ咲、俺の頬っぺたつねってみてよ」
「暑苦しいので嫌です」
モンスターに襲われる俺を見ながら、会話を始める二人にため息を吐く。
そんな仲間を助けようと、残りの二体が攻撃を仕掛けてくるが、つまんだ大鎌ごと移動させてモンスターを盾にすれば……攻撃の手がピタリと止まる。
何がしたいんだこいつらは……。
盾にされているというのに、モンスターは大鎌から手を離すことはなく、他の奴らもやる気あるのかと思えるほど、一辺倒の攻撃しか仕掛けてこない。
そしてそんな情けない戦いを背後で見ている二人はというと、全くもって動く気配はなかった。
相手の知能の低さにやる気を削がれてしまっているのかもしれないが、こちらとしては早く本題に入りたいのだが……
すっとつまんだ大鎌を移動させて、二人の前まで持っていく。
「……ほら、俺もお前に用があるんだ。早く終わらせてくれると助かる」
「倒せるのなら、そのまま仕留めて下さい。ギルド経由でお礼は必ず送りますから」
雛に餌を与える親鳥のような構図が気に入らないのか、彼女はそう伝えてくる。
あまり時間をかけ過ぎると昼飯の時間が伸びてしまうし、こちらもその言葉に甘えさせて貰う。
盾にしていたモンスター同士を叩きつけて処理し、続く二体も首を捻じ切って倒していく。
それを見届けた咲は膝をつき、ポロポロと涙を流し始めた。
男が魔法を解いて駆け寄ると肩を抱いて引き寄せる。
……どうやら時間切れだったようだ。
近寄る俺に咲が声をかける。
「ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか……」
「すまないな来るのが遅れて。まさかこんなことになるなんてな」
「いえ、十分です。お陰で命が救われました。貴方はどうして……ってこれは何ですか?」
声色が低くなった咲が問いかける。
その目は俺が差し出した新品のボクサーパンツを見ていた。
「漏らしたままでいるのならこれに履き替えるといい。サイズが合うのか分からんが、少なくともマシだと思うぞ」
「なあっ! 私は漏らしてません! 勝手なこと言わないで下さい!」
咲は顔を赤く染めながら否定する。
その横で男が立ち上がるとこちらにつかつかと歩いてきた。
仲間を馬鹿にされたことを怒っているのだろうか? 男は俺の顔をじっと見つめるとボクサーパンツを手に取り、助かると呟いた。