184話 諦め
下層レベルを探索することが出来る上位探索者が何人かいるのに、誰一人抵抗らしい抵抗が出来ていない。
それは綺麗なままのダンジョン周辺の状況から察せられた。
まるで予期せぬ場所から攻撃されたようだと、悟は語る。
悟はアイテムボックスから携帯を取り出すも、画面を見て苦い顔を浮かべる。
手に持って携帯を咲に見えるように突き出すと、画面は圏外を示していた。
そして今度は横たわる探索者が持っていた魔石を使った連絡用の無線機を拝借して操作を始める。
「ギルドに確認したいんだけど、出てくれるかな?」
せめて安全地帯があるのかどうか聞いておきたいと悟は話すが、一向に繋がらない。
無線機を替えても結果は一緒で、折り返しの連絡もなかった。
「どうしますか?」
「運べるだけ運びたいが、限度がある。咲もまだ怪我が痛むだろ?」
「そんなこと言ってる場合ですか……」
悟は死神の使っていた大鎌をアイテムボックスに仕舞うと、ギルドが用意したであろう大型のトラックに目をつけた。
あれはスタンピードの対処に使われる強化トラックで、怪我人を収容して中で治療出来るようになっている。
運び入れることができれば後は何とかなるはずだ。
動かせる状態にあるのか確認するために、悟一人で向かう。
予備の槍を取り出し、魔力回復用のポーションを一息に飲み干した。
お腹の中がポカポカと温かくなり、体がすっきりする。
「副作用が無いのか、上物だな」
持ち前の貧乏性から勿体ないことをしたと後悔するが、緊急事態ゆえの行動だと後で説明すれば、必要経費として処理してくれるはず……というよりそうでなければ困る。
トラックにたどり着くとここもダンジョン前と同じ状況だった。
運転席にはギルドの職員である男が、ハンドルにもたれ掛かるようにして眠っている。
生存確認をしてみるが、これまた気を失っているだけ……。
男を助手席に退かすと、鍵が掛かっていることを確認して扉を閉めた。
悟が帰ろうと振り返った時、視界の端に人影のようなものが映った。
米粒のような人影は段々と大きくなっていきその姿を認識した瞬間──悟は咲が待つ金閣寺ダンジョンに駆け出した。
「咲、逃げろ! 死神が戻ってきた!」
助手席で眠っている男を見捨て、悟は身体強化の炎を展開した。
踏み足によって地面に亀裂が出来るが、そんなこと気にする余裕はなかった。
あり得ない。悟の頭の中を巡っているのはそれだけだった。
金閣寺ダンジョンからモンスターが出てくるのはまだ分かる。
だが、スタンピードで外に出たモンスターが、再び戻って来るなんて聞いたことが無かった。
ダンジョンの外に出たモンスターは帰巣本能を失う。
人間を殺し回った挙句、糸が切れたように寿命を終えるのだ。
それがダンジョンを出たことが原因なのかは定かではないが、モンスターが地上の生態系に組み込まれたことはなかった。
わざわざ人が少ないこちらに戻ってきた意味……それを考えると悟は覚悟を決めるしかなかった。
結界石はもうしばらく持つだろう。
だが、勝機があるのかと言えば首を傾げることになる。
動けるのは相棒である槍を失った悟と、魔力切れ寸前の咲だけ……。
一般的に売られている魔力回復薬は、持続型で急速回復することはない。
咲の魔力は四割に届いていればいいくらいか、と悟は予想するが現実はもっと酷く、二割に満たない回復量であった。
ダンジョン前に戻ると、咲は回復薬を使う前と比べても顔色が悪くなっていた。
原因は一目瞭然。青白い顔でふらふらと歩き回る咲の手を掴み、静止させる。
「聞こえただろ! 早くここから逃げるんだ! 魔力を無駄遣いするな」
「私は逃げません。貴方が逃げてください」
咲は俯いたまま顔を合わせようとせず、乱暴に手を振り払う。
「他の探索者のために命を落とすのか? 咲が残ったってどうにもならない。無駄死にだ」
「多分私が死ねば終わります。何となくそんな気がするんです」
自暴自棄になったのかと悟は心配するが、咲は首を横に振る。
そして覚悟を決めた……いや、諦めたように語り始める。
「さっきからダンジョンから声が聞こえてくるんです。お前が来ればダンジョンの氾濫も止まると。だから貴方はここから離れてください。私が抵抗しなければ、他の探索者に危害が加えられないかもしれません。だから……」
咲は震える声で恩返し出来なくてごめんなさいと謝罪した。
恐怖心を奪われているはずの彼女の指先は震えており、悟の背中を押して離れるように促す。
「……分かった」
「魔法を使って、出来るだけここから離れて下さい。死神が私の元に来るようなら少しだけ足止めは出来ると思います」
「なあ、咲、俺は英雄願望はないって日頃から言ってるけど、あれは本当だ。嘘じゃない」
「それなら早く逃げて下さい! せめて貴方だけでも──」
「それでも惚れた女は俺の何百倍も大事だわ……。だからあんまり気にすんなよ」
アイテムボックスから予備の槍を取り出した悟を見て、咲は諦めたように腕を下ろす。
もうすぐそこまで迫ってきている死神を見たから、ではなく悟が自分の考えを変えることはないと、気がついてしまったから……。
「……馬鹿ですね」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「知ってましたけど再確認したんです。精々足掻いてみましょうか?」
「一匹くらいは仕留めたいよな」
『集え炎よ』
悟が炎を纏うと同時に、咲が討伐した個体と同じ姿のモンスターが、五体ほど現れた。
……蹂躙されて終わり。
それは二人とも分かっている。
だが抗うしか選択肢はなかった。
……あの男が来るまでは。
「お! いたな。知ってる魔力の気配だったからそうだと思ったんだ。おいちょっと頼みがあるんだが……取り込み中か?」
野生の勇者が熊のぬいぐるみを持って現れた。
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