183話 死神討伐
悟の体は炎を纏っており、その熱量でじわじわと咲が創り出した氷が溶けていく。
「……ちょっと、貴方は私の邪魔をしにきたのですか?」
「悪い悪い。もうちょっとだけ頑張ってくれ。結界内なら俺の攻撃も届くはず……かってえなあこんちくしょう!」
いい終わるよりも先に悟は壊れかけの相棒を振り抜く。
下層のドロップ武具であるそれは、死神の首筋に傷を残すことに成功したが、代わりに穂先が欠けてしまう。
「何回も打ち込むのは愚策だな。一回で決めないと」
「私の魔力残量も考慮していただけると助かります」
無理を押して助けに来てくれた人に、こんな可愛げのない言葉しか返せない。
咲は心の中で謝罪しながらも、結果を見ないように視線を落とした。
助けがきただけでぬか喜びするわけにはいかない。
咲は駄目だった時のことを見据えていた。
彼の相棒で仕留めれなかった場合、倒し切るのは難しくなる。
悟は魔法使いでありながらアイテムボックス持ちではあるが、容量が少なく、槍三本程度しか入らない。
格が落ちる他の武具ではそもそも攻撃が効くのか怪しいし、駄目だった時、魔法を使った状態の彼の身体能力であれば少しの時間さえ作ってあげれば逃げきれる。
『集え炎』
出来るだけ氷が溶けないように数歩下がった位置で、悟が魔法を追加で行使した。
大気の温度がガラリと変わる。
体に纏う炎を安定させると悟は死神に鋭い目を向けた。
いつもの飄々とした彼からは感じられることのないその雰囲気に、咲の心音が跳ね上がる。
紅潮した顔を浮かべる咲を見て、悟は優しく微笑んだ。
「……持ってくれよ相棒」
咲の目に悟を動きを追うことは出来なかった。
だが耳をつんざくような死神の叫び声が、悟の行動が無駄ではなかったと知らせてくれる。
悟は槍の穂先を首筋に突き入れると、槍にも炎を流しているようだった。
「このダンジョン武具買うのにいくらかかってると思ってんだ! 咲に小言いわれるくらい高かったんだぞ!」
「……それは貯金のない状況で買ったことと、相談もせずに買ったことが原因です。高いからお説教したわけじゃありません」
ゆっくりと倒れていく死神を見ながら、咲は悟に文句を述べた。
悟はそうだったか? と適当な返事でお茶を濁し、もう動かなくなった死神に視線を落とす。
肉の焼ける匂いが辺り一面に広がり、悟が魔法を解いたことで温度の上昇が止まった。
「何なんだろうなこれ?」
「分かりません。私にしか興味無さそうな様子でしたしね、モテる女は辛いです」
「……そいつは困るな」
悟は咲の言葉に苦笑いで返しながら、横たわる探索者の元に歩いていく。
膝を落とし腰掛けのポーチの中をまさぐると、中から複数の瓶を取り出した。
「回復薬だ。しかもこの瓶、ダンジョン産か?」
「まずは他の人の安否確認からでしょうに。安全になってすることが泥棒って……」
「まずは動ける人間の回復優先! 愛情補正も加味したら覆ることのない決定事項だから」
回復薬を咲に投げ渡すと、悟は泥棒の被害者である四十代くらいの男を調べ始めた。
悟は白髪混じりの男の胸元に手を当てると、声を張り上げた。
「生きてるぞ! ……それに、こいつも見つけた」
「魔石爆弾の起爆装置ですか。何処かで見た顔のようですが、偶々居合わせた上位探索者でしょうか?」
「こいつは違うな。確かダンジョン党の人間だったはず……。無理言ってついて来たのかな?」
魔石爆弾の起爆装置など、信頼出来る探索者が管理するものだ。
それを部外者が手に取るなんてあってはならない。
そんな真似しようとすれば、京都にいるギルドの代表が止めるはず……。
悟はこちらに起爆装置を手渡すと、他の探索者の体も確認していくが、全員気を失っているだけだった。
体を揺すっても起きる様子はなく、他の探索者が持っていた気付け薬を嗅がせてもピクリとも反応しない。
悟は舌打ちすると、アイテムボックスから手持ちの提灯を取り出した。
あれは持ち手の周囲に毒が存在していると、炎がついて知らせてくれる魔道具だ。
悟の行動を見た咲は右耳に手を当てながら声をかける。
「ヴェノム種の仕業ではないですよ。貴方がくれたイヤリングは反応してません」
咲が身につけている毒検知の力があるイヤリングにも、毒に触れると音を立てて知らせてくれる効果がある。
性能はイヤリングの方が高く、その魔道具で反応しないのであれば、調べたところで無駄だろう。
悟は毒検知のイヤリングの効果は頭から抜けていたようで、提灯を戻して自らの考えを述べた。
この探索者達は、モンスターではなくて人にやられたのかもしれない、と……。