178話 買い溜め
目的地は横にも縦にも広い大きな建物だった。
建物の上には風船で作られた何かの動物がデフォルメされたキャラクターが浮かび、ひっきりなしに人が出入りしている。
「ここは家族とかで来れるような娯楽施設でもあるんだけど、メインは探索者のためにやっているの」
武器や防具はもちろんのこと、魔道具もかなりの量を取り揃えているらしい。
そしてなにより、ここは食糧の大量発注を受けることができる。
高ランクの探索者は、どうしても泊まり込みの探索が多くなってしまうため、食糧の買い溜めは必須。
他のダンジョンでは数十人で潜ることもあるそうで、そういった人たちが県外から買い求めにくるようだ。
理紗が先導して中に入って行く。
中に入るとドラゴンの顔の剥製が俺たちを出迎える。
これは過去にあったスタンピードで討伐したモンスターを使ったものらしい。
強度が気になり、手を伸ばした俺を止めるように、慌てて理紗が手を握り紬が背中を押す。
早足で向かった先は二階で、二階全てが食料品を取り扱っているらしい。
「ちょっとお兄さん。うちの商品試食してみない?」
売り子の女に声をかけられ、足を止めると、女は串に刺した団子を俺に差し出す。
エアリアルで相手に無理矢理商品を食べさして、法外な額の料金を要求する輩がいたので警戒しつつ聞くが、試食にお金はいらないと言う。
恐る恐る口に運ぶと、トロッとした甘い液体が中に入っており、何個でも食べたくなるほど美味だった。
女は気に入ったら買ってねとだけ告げると、近くにいた他の客に試食を勧める。
本当に無料なのかと少し驚きつつも、買い物は最後に纏めてするからと理紗に言われて他の店を見物する。
行く先々で勧められる試食を食べ歩く。
誰にも金を要求されることなく、お腹を満たすことが出来た俺は、理紗たちに宣言する。
「俺ここに住むよ」
「すごい着眼点ね。こればっかりは何も言えないわ」
「……どっかの誰かさんと同じこと言ってるね」
理紗が誉めてくれるが、紬の指摘を聞いて顔を背ける。
ただでご飯を恵んでくれるなんて、天国のような場所だなと思ったが違うようだ。
あくまでこれは販売目的のためにやっていることで食事ではない。
同じ試食を何度ももらおうとしていた俺を紬は引っ張っていき、懇々と説明された。
結構な時間をかけて、一通り買い上げていく。
お金は、最近ギルドから渡された新しいカードで支払った。
このカードは身分証のような役割はない代わりに、本人以外でも使えるクレジットカードなるものらしい。
変装時はそいつを使って支払って欲しいと頼まれて渡されたが、今まではおろしたお金を使っていたため、初めて使用する。
使ったお金のチャージは、ギルドでしか出来ないのと、盗難の可能性があるため一千万以上はチャージ出来ないようになっているが、ギルドに住んでいる俺は特に不自由を感じていない。
一千万円入れば十分だと思うが、元よりこのカードは、パーティー人数が多い探索者チームが、買い出しするときに使うようなものなのでそれだけの纏まった金額が入るようにしないといけないのだろう。
アイテムボックスに収納していくこと三十分。
三百万円ほどの食糧が確保出来た。
これが引っ越しのために資金を貯めている男の所業である。
……まあ、食糧に余裕があれば身体強化を自由に使い続けれるし、鍛錬のためにもなる。
そう自分に言い聞かせながら、ほくほく顔で歩き出した。
「次は服でも買う?」
「服は大丈夫だ。家にいっぱいあるからな」
紬の提案にやんわりと断りを入れる。
理紗や紬がプレゼントしてくれた服以外にも、定期的に鏡花が持ってきてくれるので正直余り気味になっている。
特に鏡花がくれるものは上質な生地で出来ており、長持ちすることだろう。
「じゃあ次は魔道具屋を見に行きましょうか?」
俺の言葉を聞いた理紗は振り返ってそう言った。
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