173話 念願の猿撃破
翻訳が上手くいっていないのか、カメラの調子が悪いのか分からないが、理解しきれない言葉が大量に投げかけられる。
『勇者はきっとネコだよ。間違いない』
『あなたの願望で決めつけないで。勇者様はタチしか有り得ない』
『腐女子が荒れておるわ。これは悲しいのう……』
『口調変えてもダメだぞ。お前さっきまで扇動してたじゃねえか』
しばらく聞いていたが、話を理解するのを諦めた。
俺が住む日本はエアリアルと比べて文明水準が高すぎる。
きっとこれも高度な隠喩を用いた言葉なのかもしれない。
後で誰かに教えてもらおう。
俺もそんなにちんたらはしていられない。
理紗たちの方が担当する階層数が多いが、上層は中層と比べてモンスターの出現数が少ない。
肝心の魔力も白の絨毯で休めば問題ないし、安心して休憩出来るように紬に土人形を渡してある。
回復魔法使いの彼女はそんなに魔力を消費する機会は無いだろうし、土人形を使う余裕もあるはずだ。
変更された二十六階層の光景を見て、視聴者が声を上げる。
【家出来てんじゃん。普通に住めんじゃね?】
【お隣さんマッドドッグでいいなら住んでみろよ】
【お隣さんへの手土産いっぱい買わなくちゃ】
「……ダンジョンに住むか。それは有りだな」
そろそろ家の無料期間が切れそうだから、そんなに悪い選択ではないと思う。
ご飯だけ外で買ってきてくればいいし、ここは寝ている最中にドラゴンに強襲されるような場所とは違う。
なんと快適な空間なんだろうか。
だが視聴者の意見は違うようだ。
【冗談で言っただけだって。真に受けんなよ】
【モンスター避けのアイテムの値段考えたら現実的じゃないかな】
【ダンジョンで暮らすってホームレスでもその発想しないぞ】
【こんな時はみんな真面目に答えてやるんだな】
皆口々に俺の意見を否定する。
ダンジョンの破壊禁止のように、これも特殊なルール違反になる可能性もあるから一度詳しく調べてみよう。
周囲を見渡す。
点々と木造の家が建っているが、依然としてここのフィールドは草原で比較的見通しがいい。
そこで俺は公園や道端で拾い集めてきた大量の石ころを亜空間から取り出した。
【何故に石?】
【投げんなよ。お前絶対投げんなよ】
【俺この物語の展開が読めた】
【勇者のピッチャーデビュー】
「石を拾ったのは無料だからだな。投げれるなら何でも良かった」
小さな山のように積み重なっている石を手に取り、近場のこちらに駆け寄ってきていたマッドドッグに投げつける。
投げられた石は空中で粉々になりながらマッドドッグを仕留めることに成功した。
【あれ? 何も落ちてなくね?】
【本当だ。ドロップ無しって有り得るの? 魔石は確定ドロップじゃなかったのか】
【分からんけど他の奴は落ちてるっぽい】
そうか、他の奴らは変わってないのか。
今の俺がモンスターを倒しても三体に一回くらいしかドロップせず、レアドロップも最近は見てない。
話はそれまでで石ころの投石を進めていくとそいつは現れた。
茶色の毛皮に黄色の瞳。
そう、猿である。
【宝石種か初めて見た】
【結構でかいんだな。鼻くそほじってら】
【何かこいつ見てると腹立つな】
【強いのかな。まだ宝石種の犠牲者はいないみたいだけど】
視聴者のコメントを聞きながら俺は猿の元に近づいていく。
魔力が体外に漏れないようにしているため、猿は色んな煽りを披露してくれる。
どうやら俺と会った時の記憶はないようだ。
俺は猿の前に立ち、右手を掴む。
猿は不快に思ったのか、鼻をほじっていた左手を前に突き出して俺になすりつけようとする。
猿の左手をかわすと、その手も掴んで動きを封じる。
そうして、ゆっくりと身体強化の魔力を外に漏らしていった。
猿は悲鳴を上げて後ろに下がろうとするが、俺を振り払うことができない。
右手を離し猿を殴りつけると、一瞬で猿が消滅し、宝石を落とした。
【俺、勇者の前で鼻くそほじらないようにするよ】
【猿って防御特化って話じゃなかったっけ?】
【勇者の攻撃は防げないだけじゃね?】
【まずは一つ目か。結構倒さないと出てこないんだな】