166話 ネズミが一匹、ネズミが二匹……
草むらから現れたネズミはまたしても奇妙な存在だった。
そこにいるのに気配がなく、黒いオーラによるものか、魔力を読み取ることもできない。
まるで砂漠の蜃気楼のようなネズミたちは、確かに俺の前に存在している。
ネズミは俺に目もくれず、俺が落としたゴミや、コボルトからドロップした古びた武器に食らいつき、その小さな口で齧りとっていく。
するとハンバーガーの包み紙を食べていたネズミが突然、動きを止めた。
そして小刻みに震え出すとずるりと体が別れ、その数を増やす。
ネズミ達の背丈は変わらず、見分けもつかない。
全て真っ白な毛皮に覆われて、金色の瞳をしていた。
ネズミは腹が減っているのか宙に浮かぶ俺のことは眼中になく、食事に集中している。
恐らくこいつも宝石を落とす新種のモンスター。
だが流石に数が多すぎる。
仮に一部のネズミが隠れられたら俺の索敵能力では探知できない。
こいつを全滅させないと宝石を出さないのであれば階層を変えた方がいいくらいだ。
どうすべきか悩んでいると、一匹のネズミがポトリと俺が乗る魔法の絨毯に着地した。
ネズミは俺に見向きをせずに魔法の絨毯の匂いを嗅ぐ。
そして小さな口を開けて齧りつこうと──慌てて手で払った。
「それは食べちゃ駄目だぞ」
ネズミは骨が砕ける音と共に外に追い出され、地面に激突する。
……無数の目がこちらを見ていた。
食事中のネズミが、今もなお草むらから飛び出してくるネズミがこちらに視線を向けている。
「先に手を出そうとしたのはそっちだぞ。正当防衛ってやつだ」
ネズミの責めるような視線に思わず言い返す。
俺の言葉を聞いたネズミは一斉に動き出し、一箇所に固まっていった。
「……理紗達が見たら悲鳴を上げそうだ」
数を増やしたネズミは一匹のネズミの中に吸収されていき、その体積を増やしていく。
しばらく待つと全てのネズミが吸収され、イレギュラーが使役していたドラゴンもどき程度の大きさに成長した。
姿はネズミのままなのが少々気持ち悪いが、大きくなったところで、空を飛ぶ俺に攻撃は届かない。
それが油断だと気がついたのはそう時間はかからなかった。
次の瞬間、俺は聖剣を取り出していた。
ネズミは口から、大量の小さなネズミを吐き出す。
拳ほどの大きさのネズミが一直線にこちらに飛んでくるが、咄嗟に展開した風のバリアによって弾かれていく。
「さっきもこうやって飛ばしてきたのか」
小ネズミの戦闘力は強くはないが、コボルトからドロップしたダンジョン武具を余裕でかじり取っていた所を考えると、魔法の絨毯には近寄らせたくはない。
念のため亜空間に絨毯をしまい込むと、聖剣の力を用いて空に足場を作って魔力を練り上げる。
全滅か、一定数撃破か。
宝石の出現条件はどうなのだろうか?
聖剣を振るい風の刃を生み出す。
振り落とされるようにして放たれた風の刃は、巨大なネズミを真っ二つにするが……再びくっついて元に戻った。
「強いのか、弱いのか分からんな……」
かなり弱めの攻撃で真っ二つにすることが出来た。
防御力は無いに等しいのだろう。
やろうと思えばその辺で売っている剣でも切り裂けるはず。
だが問題はその回復力だ。
何度か風の刃を飛ばしてみるが、倒れる様子はない。
お返しとばかりに吐き出してくるネズミを防ぎながら、次の一手に出る。
亜空間から取り出したのは水壺の魔道具。
魔力を込めて壺を傾けると大量の水が流れ落ちていく。
それを聖剣の力で絡めとると……。
「さあ、洗濯の時間だぞ。遠慮はいらない」
聖剣の切っ先に水の塊を固定すると、ネズミに向かって突っ込む。
ネズミの体は水に接触すると、その身を削り取られていった。
ネズミは毒持ちの個体が多く、あまり体液にも触れたくない。
水球で全てを取り込めば血飛沫が俺に降りかかることはないし、後処理も楽だ。
俺はそのまま、縦横無尽に駆け回り、水をネズミの体に当てていく。
やがて、ネズミは抵抗らしい抵抗も出来ずに消滅した。
後に残るは純白の丸い宝石一つのみ。
手に取り確認すると、宝石の中心にはネズミの瞳を表すように金色の目のようなものが見える。
「何にしても一つ取れたか。先が思いやられるな……」
そうして俺は次の階層に向かっていった。