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159話 勇者はやっぱり賢い……のか?

 

 雲ひとつ見えないからりと晴れた空と活気のある街並みに、俺の後をつけるギルド職員。

 実にいいお散歩日和である。

 ゆっくりと振り返れば、ギルドからずっと尾行していた如月が、隠れる気配すらなく俺に笑いかける。

 如月はこんなところで会うとは奇遇ですね、とわざとらしく言ってのけた。



 こうなってしまったのは俺の勘違いによるものなのだが、いささかやりすぎではないだろうか?

 外に出ればギルドの関係者が後をついてくるし、ギルドの廊下を歩いている時でも、誰かが目を光らせて俺を見張っている。

 下手くそな尾行も、監視の目も、俺に気がつかれている前提でやっているのだからたちが悪い。

 ご一緒しましょうかと小首を傾げて聞いてくる如月に、こちらも相手に聞こえるように大きなため息で返した。


 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 時間は三日程遡る。


 謎の男に呼び出されて二日経過したあたりで、俺は我慢の限界に達してしまった。

 自分を誤魔化しながら文字の勉強をするだけの日々。


 体を動かそうにも、探索者は決められた場所以外での訓練は禁じられており、新宿ダンジョンが閉鎖したせいで、ここら一帯の訓練所は予約で満席になっている。


 東京にある他のダンジョンに、一人で潜ることも考えたのだが、新宿ダンジョンを潜っている最中に他のダンジョンに入ってしまうと、階層の更新状況がリセットされてしまうらしい。

 リセットされてしまうと、新宿ダンジョンが再開されたら、俺だけ上層から探索を始めなければならないので諦めるしかなかった。


 戦士は平和な世の中では実に息苦しいものなのだと初めて知った。

 鏡花は新宿ダンジョンの調査に加わり、理紗たちは学校に毎日通っている。

 鏡に映る死んだような目をしている自分を眺めていたところ、天啓が舞い降りた。



 自分の才気が恐ろしい。

 パズルの最後のピースをはめ込んだ時のような感覚が脳内に溢れかえる。

 幼い頃、何か考えているようで、何も考えていないただの馬鹿と不当な評価をしてきた団長も、今の俺を見たら考えを改めるに違いない。


「まさにこれが一石二鳥だな」


 紬に教えてもらったことわざを自室で呟きながら、早速準備に取りかかった。






 数十分後、俺はギルドの入り口の前で大きな紙を掲げながら立っていた。

 紙にはなぐりあいやと書いており、それを見た探索者が怪訝な表情を浮かべて声をかけてくる。


「なあ、あんた勇者だよな?」


「レオでいい。俺のことを知ってるのか?」


「そりゃ知ってるけど……その紙なんだ?」


「よく聞いてくれた! 殴られ屋って商売があるのは知ってるか? それのちょっと変えたものだな」


 食いついてきた探索者の肩に手を乗せながら、優しく説明をしてやる。

 この世界には殴られ屋という商売が存在しており、探索者が一般人や駆け出しの探索者相手の攻撃を受けることによってお金をもらっている。


 そして俺が掲げている殴られ屋という商売は、上級者のためのものだと言えるだろう。

 相手はギルドの訓練室を予約している探索者を想定してあり、俺と戦うことによって身体強化の力を持つ戦士との実戦を学ぶことができる。

 勿論お金は取らないし、満足いくまで何度でも戦ってやる予定だ。

 こんなに親切な話は他にあるだろうか?

 俺の熱弁を聞いた探索者は顔を引き攣らせながら、頑張れよと声をかけて立ち去っていった。

 ……まあいい。立ち止まって俺の話を聞いていた探索者が残っている。

 食いついてきた探索者が駄目だった時に備えて、他の探索者に届くような声量で話していた。

 こんなに人が集まってきているんだ。

 興味を持つ人の一人や二人……何故みんな俯いてるんだ?

 先程とは違い、観衆の視線がこちらに向くことはない。

 近くにいた探索者に声をかけようとすると……。


「いやあ、訓練室の予約取れなかったなあ〜。残念だ、今日はギルドの飯だけ食べに来たんだが空いてるのかな?」


 青年は周囲に聞こえるような独り言を話しながら、早歩きで立ち去って行く。

 それならば意味がない。

 青年を諦め、他に良さそうな人がいるはずだと切り替えたのだが、他の者も口々に同じような言葉を話しながら進んでいく。


 中々お目当ての客が見つからない。

 予想外の展開に、実技の一つでも見せた方がいいのだろうか? なんて考えていた時だった。

 挙動不審な様子で歩いている少年の姿が目に入る。


「そこの少年、よかったら俺を雇ってみないか? 一日限りだが、どんな戦いでも応じてやるぞ。どうした少年?」


 少年は小さく震えており、俺が話しかけるとびくりと体を揺らす。

 調子が悪そうな少年の肩に手を乗せると、ローブの袖口から鍵が落下した。

 訓練室の鍵は一般的に、当日使用のものは無色で、色付きの鍵は期間利用を示すためのものである。

 鍵の持ち手には特徴的な赤の印が施されており、これは残り一週間は使用出来るということ……。

 何という幸運。少年が依頼するのなら一週間は訓練室に入れるようになる。

 思わず笑みが溢れると、少年が小さく悲鳴を漏らす。


「……取り下げます。訓練室の利用許可は取り下げます! だから許してください!」


 少年は怯えた様子で周囲にいる探索者に鍵を渡そうとするが、誰も受け取ってもらえない。

 少年が泣きそうになったところで、ギルドから如月が飛び出してきた。


「営業妨害です! レオさん、あなたは何をやっているんですか!」


「いや、これは一石二鳥の名案で……」


「営業妨害です!」


 俺の言葉は言い終わる前に如月に一蹴された。


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