157話 契約書
「じゃあ先に風呂入ってくるな」
「僕たちのことは気にせずにゆっくり入ってね」
「こっちは気にしないでいいわよ」
俺の言葉に返答したのは、紅茶を淹れている紬とテレビゲームをしている理紗だけだ。
当然のごとく鏡花も着いてきており、今は玄関近くで魔法の絨毯によって簀巻きにされていた。
これは俺が好きでやっているのではなく、紬の指示によって仕方なくやらされていた。
ロープで縛ったりしても魔法が使える鏡花には意味がなく、魔法の絨毯という高価な魔道具で拘束することにより、力ずくで出てこれないようにしている。
「裏切り者! 二人占めする気だな! ……後で写真くれたら許す」
絨毯に包まれた鏡花は巨大な芋虫のようになっていて、クネクネと奇妙な動きをしながら文句を垂れている。
「あれ、後で怒られないか?」
「拘束しとかないと、レオさんが風呂に入っている時に侵入しちゃうよ。私の魔法である程度回復したけど、まだ結構な酔っ払いなの。そんな師匠が理性的でいられると思う?」
その言葉で俺は大人しく風呂に向かう。
どちらにせよ後、三人風呂に入らないといけない。
本来なら明日学校に行かなくてはいけない理紗たちを優先するべきだが、家主だからという理由で俺が先に入ることになっている。
ならば早く終わらせないと二人にも迷惑がかかる。
「……なあ、紬? この拘束解いてくれたら後でお小遣いやるよ」
「そんなこと言うんだったら緑の絨毯こっちに戻そうか? こっそり楽しんでるの知ってるんだよ」
「それは鬼畜の所業だぞ! うちはそんな残酷な発想が出来る弟子を育てた覚えはないよ!」
楽しげに言い合う師弟のやりとりを背に風呂に向かった。
俺の次は紬が入り、今は理紗が風呂に入っている。
部屋には紬が使っているドライヤーの音と、理紗がやっていたゲームの音楽が共鳴するように流れている。
「レオさん、髪を乾かさなくちゃ駄目だよ。そのまま寝る気でしょう?」
「しばらくほっとけば乾くさ。それより髪乾かしたのなら早く眠るといい。俺はこっちのソファーで眠るから」
「……ごめんね。今日は迷惑かけちゃって。お詫びに今度好きなご飯作ってあげるから」
申し訳なさそうに謝罪してくる紬は俺のところまで歩いてくると、ドライヤーの電源をつける。
そして俺の髪を乾かし始めた。
「俺のことはいいから早く寝るといい。風呂に入ってから使ってるからそんなに臭うことはないと思うぞ」
「そんな心配してないよ。どっちにせよりっちゃんが戻ってきてから寝るかな? このままだと夜通しゲームしそうだからね」
紬はドライヤーを当てながら手櫛で俺の頭を撫でていく。
それが少しくすぐったくみじろぎしてしまう。
「ほら、大人しくしててよ。髪を乾かさないで寝ると痛んじゃうんだよ」
「髪は痛んでも生えてくるぞ。最悪、綺麗に剃ったら問題ないしな」
「それは困る。うちは髪がある方が好きなんだ……いや、そっちもいけるか?」
空中で寝転がっていた鏡花が口を挟む。
彼女の拘束は俺が風呂から出た後に解いたのだが、居心地が良かったらしく、今は緑の絨毯に巻き込まれるようにして宙に浮かんでいる。
緑の絨毯は、トイレットペーパーのように鏡花の体を包み頭だけ外に出ている。
「そういえば、今日会った女からこんな紙を渡されたんだが」
咲から貰った紙を亜空間から取り出して机の上に置く。
紬が肩口から顔を出して確認すると大きな声を上げた。
「これって魔道具の契約書、だよね。師匠も見てみてよ! 相手の会社の名前がドロップアウトって書いてあるんだけど、これも偽名かな?」
紬の言葉で鏡花もこちらに移動してくる。
読んでいくにつれて顔色が変わっていき、ボソリと呟く。
「……レオに近づいたのはそれが目的か? 一応警告する必要があるかもな」
「師匠の知り合い?」
「いや、面識はないけどその名前は知ってる。ドロップアウト……そこに所属している社員は、文字通り探索者を続けれなくなった者。そして代償型ダンジョンに縛られている奴らだよ」
何やら深刻そうな顔で紬がこちらを見る。
その言葉で何か分かったのだろう。
俺には何のことか全く理解出来なかったため、それを悟られぬように笑顔で頷いておいた。