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155話 あいつはただの貧乏人です

 

「この女性は誰? レオの知り合い? 一般の仕事をしている人に見えるけど、何をされてる方なの?」


「こいつはだな、その……貧乏人だ」


 理紗から矢継ぎ早に放たれる質問の雨に、思わず出た答えがそれだった。

 間違ってない。本人がそう言っていたから、間違ってないんだが……苦しい答えだと自分でも思う。


「まさかレオ、変なお金の使い方をしてるわけじゃないわよね?」


「あの……レオさん、地球にはね、男の人を騙してお金を奪ってやろうって人もいるんだよ。だからその、仕方のないことなのかもしれないけど……」


 眉を吊り上げて、いっそう不機嫌になっている理紗と、心配そうな表情を浮かべて、こちらに諭すように伝えてくる紬。


 紬の言う通りお金さえ取られるようなことはなかったが、あの部屋のルールを隠されていたのは確かだ。

 感知することの出来なかった、マスターのあの力の餌食になっていたかもしれないと思うと、頷くしかなかった。

 紬はアイテムボックスから飲み物を取り出すと、俺の前に置く。

 ……罰として毒が入ってない、よな? 

 少し不安に襲われながらも、ペットボトルを傾けて流し込んだ。

 毒はない。……少なくとも即効性のものは入っていないようだと安堵する。

 そんな俺を紬は不思議そうに見ながら問いかけた。


「この女の人はレオさん知り合い?」


「いや、今日初めてあったな」


「……初めて会った人の手を繋ぐんだ」


 理紗がボソリと呟くと、紬の顔も固まる。

 しばしの沈黙が流れる。


『お前さんと仲間に迷惑がかからぬように処理するから、これで手打ちにしてくれや』


 俺は二人にちゃんと説明しなければと、思いつつも別れ際のマスターの言葉に期待してしまう。

 問題が解決したのなら、二人に言う必要はかもしれないと、この期に及んで二人に隠そうとする考えが浮かぶ、糞みたいな性根が嫌になる。


 意を決して口を開きかけるが、理紗から待ったがかかった。


「やっぱりいいわ。詳しい説明はいらない。でも、一つだけ質問させて。レオは犯罪まがいの行動はしてないのよね?」


「俺はしてない」


 俺がやったことといえば、待ち合わせ場所に連れて行かれて、少しばかり脅しをかけてきた相手を威圧したくらいだ。

 そのあと男に起きたことは、マスターがやったことで俺には関係ないし、罪には問われることはないだろう。

 理紗は俺の言葉を受けて、含みのある返答ね、と呟きながらも納得してくれた。


「それならこれ以上は聞かないわ。鏡花さんが起きたようだし、そろそろ出ましょうか?」


 寝ぼけ眼な鏡花が寝室から出てきた。

 鏡花はあくびをしながら部屋に視線を巡らせる。

 そして俺に目を留めると、満面の笑みを浮かべた。


「うちの部屋にレオがいる! 夢が覚める前に堪能しないと」


「ちょっと鏡花さん抱きつかないで! これは夢じゃないから!」


「出たなお邪魔虫! うちらの仲を裂こうったってそうはいかないぞ!」


 鏡花は鼻息荒く手を伸ばすが、間に入った理紗に止められる。

 二人のじゃれあいは冷たい表情を浮かべた紬によって終わりを迎えることになる。

 無言で鏡花の後ろに立っていた紬は、アイテムボックスから謎の瓶を取り出してキャップを開ける。

 そして今も言い合いをしている鏡花の首に手を当てると、瓶を鏡花の口に突っ込んだ。

 溺れるような音を出しながら、鏡花が苦しんでいる。

 漏れ出した特有の臭いから、なんとなく中身が分かるが、やりすぎではないだろうか……。


「ポーション、だよな?」


「これは特別な調整がされてて死ぬほど苦いの。これがあれば、酔ったふりしてセクハラ仕掛ける人も一発で治すことができるよ」


 淡々とした口調で説明する紬。

 鏡花は一部吐き出しつつもそのほとんどを飲み干すと、怯えた様子で理紗の後ろに逃げ込む。


「ほんの出来心だったんだって。……ちょっとくらいいいじゃんか、減るもんじゃないんだし」


「何か言った師匠?」


「何でもないです!」


 不満気な鏡花を見て紬はため息を吐く。

 ……これじゃあどっちが年上なのか分からないな。

 理紗もそう思っているのか、呆れた様子で鏡花に体を向けると。


「私たちの話は終わりました。今日のところは帰ります」


「……うちには教えてくれないのか?」


「教えるも何も聞いてませんから、答えようがありません」


「嘘だろ! だってあんた……」


「言うも言わないもレオの自由。詮索はしないようにしたんです。何でもかんでも話すのが仲間ではないですからね」


 鏡花の言葉を遮るように理紗が伝えると、鏡花は諦めたように肩を落とす。

 そして外に出る俺を送り出すために一緒に着いてきたんだが……。


「扉が壊れてる! 誰だこれやったの!」


「師匠だよ。記憶にないの?」


「……もう一回寝たら元に戻ってたりしないかな?」


「馬鹿なこと言わないでください。これは責任を持って私が帰り際ギルドに報告してあげますので、安心してくださいね。運良く今日は如月さんも夜勤らしいので……」


 その言葉に顔を引き攣らせる鏡花は、扉を持ち上げ必死に元に戻そうとするが、穴が空いて折り曲がった扉は、もう役目を果たすことは出来そうにない。

 そんな滑稽な姿を横目で見やりながら、帰ろうとしている二人に声をかける。


「理紗! 紬! 今日は俺の部屋に泊まっていかないか?」


 歩き出した理紗が止まり、紬は何もない場所で足がつまづき、転びかけている。

「どうしたの急に? レオさん、そんな冗談言う人だったっけ?」


「多分酔ってるのよ。今日は帰ってゆっくり寝なさい。話は明日聞いてあげるから」


 理紗の言葉に、紬がアイテムボックスから謎の瓶を取り出して、こちらに差し出してくる。


「それは勘弁してくれ。その……三日くらいお泊まり会をしないか? 勿論その間の食費は俺が全て払うし、二人が嫌だって言うのなら俺は部屋の外に出ててもいい。三日間だけでいいんだ、俺の部屋でゆっくりと体を休めて……」


「……前言撤回。レオ、今日は何をしでかしたの? 余すことなく答えてもらうわよ?」


 そうして俺は理紗と紬によって両腕をそれぞれ掴まれると、再び鏡花の部屋に戻っていくのだった。



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