153話 問題児
秘匿されていた技術を知る者。
もしかすればマスターは、エアリアルの関係者かもしれない。
マスターの正体が非常に気になる…….が、彼から情報を聞き出そうにも、口を割りそうにもない。
少なくとも、あの反応から見るに、そこそこの修羅場はくぐってきたのだろう。
後ろ髪を引かれる思いで建物から出ると、建物の二階、酒場の外に取り付けられている窓が開く。
そこから顔を出したマスターが下にいる俺たちを見つけると、仏頂面で口を開いた。
「おい、姉ちゃん! 分かっていると思うが、店の場所は変更する。次の店の場所は、気が向いたらあいつに連絡しといてやるよ」
「分かりました。ボスにはそう伝えておきます」
「……それと兄ちゃん。あんたは出禁だ。今後、うちの店を見つけたとしても、使用許可は出せんよ」
頬杖をつきながら伝えてくるマスターの言葉に、隣にいる咲が食いつく。
「ちょっと待ってください! 彼は被害者ですよ。それなのに出禁なんて……」
「違えよ。これはこっちの都合だ。今回のトラブルは関係ねえ」
マスターは俺の手に余る奴は客として入れることは出来んと強調し、俺に向かってすまねえなと謝罪した。
まあ俺自身ここがどんな場所なのか分かっておらず、失ったところで別に何とも思わない。
マスターの言葉を了承して、帰路についた。
強い酒をあおるようにして流し込んだからか、お腹の中がポカポカとあったかい。
……そういえば、まともな酒を飲んだのはこれが初めてだったな。
なまじ旅の序盤に、水を生み出す魔道具を手に入れることができたから、そういった娯楽とは無縁の生活を送ってきた。
勇者の性質が酒に効くのか分からないが、酔えば弱みを晒すことになる。
積極的に飲もうとはしなかったし、まともな味の酒は高級品だった。
一度試しに盗賊のアジトに保管されていた、安物の酒に口をつけたことがあったが、とても飲めた代物じゃなかった。
それに比べたらあの酒も飲み易くはあったが……。
ふと団長が酒が嫌いな奴に向けて、お子ちゃまの味覚と言い放っていたことを思い出す。
……まあ、慣れるとあれも美味しく感じるのかもしれないなと、深く考えるのはやめるのだった。
ギルドに到着すると少し騒がしく、制服を着た受付や、守衛がバタバタと走り回っていた。
夜も遅いのに大変だなと、同情しながら部屋に向かおうとすると、受付服を着た女性に右手を掴まれる。
「ん? どうした? 俺に何か用か?」
「鏡花さんに連絡を! 問題児、確保しました!」
如月に手を引かれながら案内されたのは、鏡花の住む部屋だった。
如月がドア横に取り付けられているチャイムを鳴らすと、パタパタと中から足音が聞こえる。
……客人がいるのか?
複数人の足音からそう判断するが、誰がいるのかまでは分からない。
扉が勢いよく開かれ、そこにいた者は……。
「紬? 何でここにいるんだ?」
「ちょっと師匠からSOSもらっちゃって……。それよりもレオさんはこんな遅くまで何してたの?」
「随分とお楽しみだったようね。初依頼達成を祝って、紬が手料理用意して待ってたんだけど……」
如月に背中を押されて俺だけ中に入ると、扉が閉じられた。
どこか張り付いたような笑顔の紬と、無表情の理紗が俺を出迎える。
謎の威圧感を放つ二人に、思わず一歩下がってしまう。
扉に背中を預けた俺を見て、紬は不思議そうに首を傾げると。
「どうしたのレオさん? 何かやましいことでもあるの?」
「そんなことはないが、二人とも怒っているのか?」
「怒ってる? 馬鹿なこと言わないでよ。なんで私たちが怒る必要があるの?」
理紗が感情を押し殺したような平坦な声色で聞き返す。
そんな二人の様子を見て、絶対怒っているだろなんて言葉が、喉元から出かけて止まる。
女が怒っていたら、どんな言い訳しても聞いてはもらえないと、傭兵団の奴らが言っていたのを聞いたことがある。
それはこんな状況を言うんだろうな、と納得するが、このままではいられない。
俺が何かをしたのかもしれないし、二人の勘違いの可能性もある。
二人とも勘違いするようなことは、あまり考えられない──頭の中によぎった、嫌な考えを振り払う。
男は負けると分かっていても、戦わなくてもいけないんだ。
……打開策を考えろ。
彼女たちを不快にさせずに、かつ俺が怒られることのないように、この場を乗り切らないと。
酒を飲んだせいか。蓋をしていた過去の記憶が蘇ってくる。
そこで教えられた助言を思い出す。
こちらに歩いてきた理紗の肩に両手を乗せると。
「何? 何するつもりなのよ!」
「二人が怒っている理由は分からんが、多分俺が何かしたのだろう。今度何かで埋め合わせするから許してくれ」
怒りのせいか顔を赤くする理紗にそう告げると、彼女はにっこりと笑って俺の顔に両手を伸ばし……俺のほっぺを強くつねりあげた。
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