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152話 マスターの力

 


 男は息があるようだが、服屋の中で立っているマネキンのごとく、その目からは生気があまり感じられなかった。

 その瞳孔は中空を見つめたまま固まっており、口の端から涎が筋となって滴り落ちる。


「何をした?」


「ん? ペナルティだ。この部屋を利用する時のルールは絶対。それを破れば罰を与える」


「そんなこと聞いてないぞ? おい! お前に言ってるんだ! 咀嚼音で誤魔化せるわけないだろ!」


 マスターはさも常識を語るように俺に説明するが、俺からすれば寝耳に水の情報だった。

 ただの待ち合わせ場所という認識でいたので、慌てて咲に確認をとるが、彼女はこちらと目が合うなり、ばっと目を逸らす。

 そして盆に乗っているお菓子をつかむと、まとめて口に放り込んだ。

 わざとらしく咀嚼をしながら鼻歌を歌う彼女はそっーと後ろに下がり、こちらから見えなくなる。


 彼女の行動に俺は舌打ちを漏らしつつも、マスターに意識を戻す。

 マスターの使ったなんらかの力によって男は廃人のような姿に変貌した。

 その対象は俺も例外ではないかもしれない……。

 俺は壁際まで退避し、聖剣を取り出すと全力で身体強化を施す。

 それを見たマスターは、苦笑いを浮かべながら両手を上げる。


「天下の勇者様に警戒されるなんて、嬉しいこったね。俺も鼻が高いってもんだ」


「今のは魔法、なのか? 魔力の気配も感じられなかったが……」


「あんたにはそう感じたのかい。……まあ、そりゃそうか、初めから通用するとは思っていなかったが、これは悔しいもんがあるね」


 煙草を咥えながら話すマスターは独り言のように呟くと、廃人と化した男を横抱きに持ち上げる。

 そして今度はマスターの魔力の動きを感じとることができた。


「身体強化?」


「ご名答。あんたも使えるだろ? 自分以外が使えるのはそんなに不思議なもんなのかい?」



 マスターはおどけた様子で、俺はやれば出来るおじさんなんだ、と返してくるが、そんな問題ではない。

 聖剣を握り直し、ごくりと唾を飲み込む。


「お前が使ってる力は普通の身体強化ではない。それは……その力はまだ誰にも話していない技術だ」


 ……俺の魔力探知が正しければ、このマスターは魔力を圧縮して使っている。

 これはエアリアルでも俺と、今は天に還った友人しか使えなかった力。

 それを誰にも話したことはないし、同じ力を使っている奴も見たことはなかった。

 ……今日この目で確認するまでは。

 マスターは困ったように笑うと、扉に向かって歩き出す。


「おい! 待て! まだ話は……」


「これ以上、俺から話せることはない。それか、力ずくで俺から聞き出すかい? まあ、拷問されても口は割らねえけどな」


 男は手をひらひら振りながら外に出て行く。

 その言葉に嘘は感じられず、俺はただ見送るしかできなかった。


 しばらく考え込むが答えは出ず、咲が近寄ってくる気配で顔を上げる。


「えっと……色々隠しててすいません。お詫びと言ったらなんですけど、これ……飲みます?」


 咲が両手でお盆をこちらに差し出す。

 軽食は全て完食したのか、コップが二つだけ乗っていた。

 美しい装飾が施されたガラスのコップの中には、強い酒精を感じられる琥珀色の液体がなみなみ注がれている。

 おずおずとこちらを見てくる咲にため息を吐くと、コップを二つとも手に取り、杯を傾け、もやもやとしている胸中ごと流し込んだ。

 飲み慣れない味に顔をしかめながら、もう片方の酒も同じように飲み干した。


「……不味い」


「もっと味わって飲んでって、お酒飲めないんですか? 勿体ない! これ一杯で、何食分浮くと……すみません。貧乏人なもので」


 頭を下げて謝罪する彼女はコップを回収すると帰りましょうかと小さく告げる。

 理紗に危害がこないようにはするとマスターは言っていたが、所詮口約束、信じきれるようなものではない。

 やはりもう一度男の身柄を捕らえる必要があると考えていると……。


「お仲間が心配ですか?」


「当たり前だろ。俺のつまらん問題に巻き込むわけにはいかん」


「マスターが大丈夫だと言ったのなら、そんなに心配しなくてもいいと思いますよ。もし心配ならこちらに連絡してください」


 咲が手渡してくる紙には電話番号が書かれており、アイテムボックスの中にしまっておくようにお願いされる。


「それは私どもに対する緊急連絡先になっております。アフターケアもばっちりしますので、くれぐれも敵対認定だけはしないようにしていただけると……」


「それはまだ分からん……が、これは有り難く受け取っておく。勿論料金は無料なんだろ?」


 尻窄みに小さくなる彼女の言葉を聞いて、俺は強気で返す。

 彼女はうぐっと声を漏らしながらも、諦めたように頷いた。


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