151話 逆鱗
男の要求はギルドの管理下にある俺の立場を男の元に移すこと。
俺の立場は一介の探索者に過ぎないのだが、これはギルドの幹部である鏡花が、日頃から俺に良くしてくれているので勘違いしても仕方ない。
そして秘匿している情報を残さず男に提供することらしい。
強欲というか何というか……。
男の要求はガントレットや魔法の絨毯の所持権まで増えていき、聞くのも面倒くさくなった俺は断りをいれる。
「お前の要求は呑まん。腹が減ってきたから俺は帰るぞ」
「……いいのかそれで? お前の素性が世間に公表されるんだぞ?」
「勝手にしろ。そんなありもしない話、広められても痛くも痒くもない」
「お前は分かってないようだな。タブーを犯している人間が私一人だけだと思っているのか? 私は志を共にする仲間たちの代表としてここにいる」
男はこちらに一つの魔石を掲げる。
それは無色だが、俺が地球で見たどの魔石よりも大きかった。
「それはどこで取れた魔石だ?」
「これは、下層の深部から入手したものだ。同志の一部にはギルドに公表せずにそこまで探索を進めている者もいる。それも自らの力でだ……。スポンサーの力を借りて階層を進めている輩とは比べ物にならないほど有能だよ」
その自慢はどうでもいいが、何でこいつはそれを俺に見せびらかしているのだろうか。
もしかして報酬として用意した?
だとすれば、探索者の俺に魔石を報酬で用意するのは、考えが甘すぎる。
「別に俺は魔石を貰っても嬉しくもなんともないぞ」
「誰が君にあげると言った? これは我らの組織の力の証明だよ。研究者である我らの仲間には、これ程のものを取ってこれる探索者も控えている」
「それを俺に伝えてどうする? それで俺がお前になびくと思ったら大間違いだぞ」
今の実力が高くても、理紗を超える才能を持つ人間はそうそういない。
この世界の魔法使いはモンスターを討伐することで、自然と魔力量を増やすことが出来るが、出力の方は才能に大きく左右されるらしい。
仮に、制御出来ない力を行使しようとすれば、自然と魔法が失敗するようになっており、異世界で魔王としての経験が残っている理紗にはそれがない。
自分の中にある魔力を全て消費して魔法を使うことが出来るし、逆に小さな魔力で攻撃にならないほどの威力の魔法を使うことも可能だ。
未熟な魔力量と自嘲していたこともあったが、それは時間が解決してくれるもの。
そして何より、今の状況は俺にとって居心地が良かった……。
エアリアルでは、傭兵団の仲間たちと一緒に依頼を受けたことは数えるほどしかなく、その後は永遠と一人旅が続いた。
俺にとってのかけがえのない日常。
いつか終わるものと分かってはいるが、それでも……。
「いいのか? 君はどうにか出来たとしても、お仲間が無事にいれるとは限らないぞ」
「あ?」
自信満々だった男が腰を抜かす。
下半身に染みができ、這いつくばったまま離れようとするが。
「お前、何て言った? 理紗たちに危害を加えるつもりか?」
男の背中に足を置き、問いかけるが言葉にならないうめき声しか返ってこない。
熱を持ったと錯覚するほどの怒りが沸き立ち、体から魔力が溢れ出る。
そこでぱんっと乾いた音が鳴ると、部屋の大きさが一気に縮まった。
「おっぱじめやがった! そこを退け! 鍵を開ける!」
「あ! ちょっと、お酒が溢れ……」
「んなことどうでもいいんだよ! おい!ちょっと待て、早まるなよ!」
扉の向こうが騒がしい。
顔だけ後ろに向けて確認すると、マスターと呼ばれた男が鍵を開け、バタバタと大きな足音をたてながら入ってくる。
そして咲は扉の外側から顔だけ入れて中を確認していた。
マスターと呼ばれていた男は、周囲に首を巡らせると大きく肩を落とす。
「なあ、兄ちゃん。そいつを離してくれねえか?」
「それは断る。この場で争うなと言うなら場所を変えるし、迷惑料が必要なら後で払う」
「そいつを連れてってどうするつもりだ?」
「拷問して仲間の情報を吐かせる」
その言葉に足下から、小さく悲鳴が漏れる。
「……飲み物要らなくなった? 私が飲もうかな」
「うっせえぞ姉ちゃん! 声がこっちに届いてんだよ!」
扉の外から咲の呑気な声が聞こえて来る。
マスターの怒声に、咲は失礼しました頭を下げると……お盆に乗っていた、クラッカーを一つ摘む。
それを見たマスターは青筋を浮かべるが、それ以上相手にすることなくこちらに視線を戻した。
援軍が来たと思っているのか、身動きのとれない男が、腕をマスターに伸ばして懇願する。
「たっ助けてくれ! 殺される!」
「殺しはしないさ。それは約束で禁じられている。だが変な考えが浮かぶことのないように、お前の精神は壊させてもらう」
そのやりとりを見たマスターは、ポケットから取り出した煙草に火をつける。
「正直、俺の店の中で暴れないってんならどうでもいいんだが……今回は駄目だ」
「……こいつの肩を持つのか?」
「いいや。それはない。こいつが破滅するのは確定で、兄ちゃんにも迷惑がかからないようにもする。だけどそれに兄ちゃんが関わっちゃなんねえんだ」
「信用出来んな」
「ならこれでどうだ?」
マスターが右手を前に突き出すと、俺の足下にいた男が甲高い悲鳴をあげる。
足を退かすと、男は涎を垂らしながらのたうち回り、最終的にピクリとも動かなくなった。