147話 待ちぼうけ
買ってきた食べ物をあらかた食べ尽くすと、女は顔をしかめる。
「あれだけあった食べ物、あなたのどこに収まったんですか?」
「食べたものは胃袋に入るだろ。さてはお前頭が悪いな」
「あれだけ! 非常識な量を食べられたら誰でも疑問に思います!」
この世界の人間は少食な人が多い。
以前、理紗たちがあんまりにもご飯を食べなかったため、病気なのを隠しているんではないか、と聞いたことがあったが、呆れたように否定された。
そこで紬から一日の摂取カロリー量なるものを教えてもらったが、びっくりするくらい少なく、驚いた記憶がある。
別に毎日大量のご飯を食べなければ死ぬ、といったことはないが、食事とは魔力回復の手段の一つである。
大量の食料を体に入れることで、生命活動に余分な分が魔力回復に回され、食べた食料が無駄になることはない。
エアリアル時代の癖で、いついかなる時も襲撃に備えて身体強化は行使しているので、ダンジョンの外にいる間は、大体八割程度の魔力量を維持するように心がけている。
そんなことを説明してやる義理もないので、女に成長期なんだ、と適当に返すと、背もたれに体を預けた。
「お前に一つ聞いておきたいんだが、どうして俺のことを認識できた?」
「変装をということですか? それは今日一日探索者養成学校の入り口を見張っていたのです」
入った者が全員分かっているならば、変装しても、出て行く時にバレてしまうということだろうか?
養成学校の入り口は複数あり、全ての人間を覚えるのは至難の業だが、実際にそれで成功している。
「……随分と暇なんだな」
「人力ではないですよ。定点カメラを複数用意して、AIに判断させていました。私もそこまで暇ではないですから」
俺の負け惜しみの言葉も意に介さず、女は机の上に一枚の紙を置いた。
俺は上体を起こし、紙に書かれてある内容を確認するが……読めない。
もしや馬鹿にされているのではなかろうか?
女の目をじっと見ると、慌てたように説明する。
「これはうちのボスから受け取った誓約書です。今回のやり方によるあなたの捜索は二度と行わず、今後あなたの不利益になるような行動は起きないように動きます。勿論あなたの変装中の写真が世に出ることはありません。ですので依頼人と会う際には、変装をやめた方がよろしいかと……」
これは帰って理紗あたりに確認した方がいいだろうな。
紙を亜空間に収納し、変装も解いた。
「この紙はあらかじめ用意されていたのか?」
「そうですね。勇者とは絶対敵対するな、というのがボスからの指令でしたので……」
貧乏なので仕事を選べないんです、呟く女の言葉にはどこか気持ちがこもっていた。
「今何時だ?」
「一九時過ぎです。こちらに向かっていると連絡はあったんですけど……」
困り顔で答える女は、携帯を操作する手が止まらない。
さっきから女の携帯が幾度となく通知音を鳴らすが、内容を確認した女は嘆息を漏らしていた。
この部屋には十八時前には入っており、少なくとも一時間以上待たされている。
女は今日俺が依頼を受けることは把握していた。
だとすれば依頼主も伝わっていると考えるほうが自然なはず……。
女の依頼人とやらは俺を舐めているのだろうか?
普段ならもう帰っているところだが、これを放置すると理紗たちに迷惑がかかる可能性がある。
「お前の雇い主とやらが来るまで休んでる」
「この状況で眠るのですか?」
「身の危険が迫れば自然と起きるし、この部屋に気配が増えても起きるようにする。俺をどうにかできる自信があるのなら、好きにして構わんぞ」
「……遠慮しときます」
さっきから女が携帯を触りながら、外敵に警戒する草食動物のようにチラチラとこちらに視線を送ってきていたので、大人しく時間が経つのを待つことにする。
目を瞑り、微睡の中に身を任せる。
……どのくらい時間が経ったのか。
扉を開ける音によって目が覚める。
女は出迎えることはせず、読んでいた本を鞄の中にしまい込む。
そして俺が目覚めたことに気がつくと……。
「あれから一時間くらい経ちました。ようやくご登場のようですよ」
女も不満がたまっているのか、どこか棘のある口調で伝えると、扉がゆっくりと開く。
中に入ってきたのは、灰色のスーツを着た初老の男と……全裸の若い男二人だった。